小説 | ナノ
色のない世界花束の果て、
ここは酷く寒い。だから一刻も早く立ち去りたく、同時にこの時がなかったことになればいいと願うのに誰もかも私のちっぽけな願い事など聞き入れてくれるわけがない。暁の夕暮れに沈み込む石碑は無機質で静寂として佇む、かつてこの世界に居たことを残された者達が先立った人を希う場所。追悼碑―――、墓場、だ。
必然と訪れる者の表情には影が宿る。今此処に居る二人の軍人も例外ではなかった。遺体がないものだから、彼の唯一の遺品である少しばかり使い古したひとつの剣。それが彼の墓標。立派なものを立てる暇などなかった。彼――この聖府軍の中でも一際異質であった部隊の副隊長、今その剣を眺めているメイルフォードのよき戦友。突然過ぎる別れにメイルフォードは未だにこれがリアルなのだと理解するまで思考が上手く働いてくれない。つい数日前まで、共に任務へ赴き何時も必ず助け合い、支え合える互いの存在があったからこそ隊長としていられたようなものだった。何故、彼が突然帰らぬ人となってしまったのか理由はまだわからない。ただ、彼だけに託された任務内容とそれを告げた―――ガレンス・ダイスリーだけが知っている。自分が知らない場所で、私を構成するピースは簡単に誰かによって壊されていく。見えない恐怖、抗えない強い何か。メイルフォードは無意識に俯き、右手に提げていた花束を持つ手は力無く落ちる。花びらが幾つか、夕闇に沈む。
メイルフォードを見守るように、少し離れた場所で彼女の背をロッシュは見つめていた。彼も今は眠りについている者を知っていた。共同で任務を遂行した際は、何故か必ず自分に突っ掛かる男。隊長に近寄るなとか、隊長に手出したらただじゃおかねぇとか、明らかな態度を示していたくせに自分から素直にメイルフォードへその気持ちを表せなかった奴。
今、思えばそいつは私と同じだったからこそ互いに相容れない存在だったのだろう。どちらも臆病なくせに自分の気持ちばかり主張して。
ロッシュは静かに彼女の背を眺めていた視線を外し、ふと瞳を伏せたときあいつの声を思い出した。
『隊長に言うなよ!お前と俺、どっちが先に隊長に意識して貰えるか勝負といこうぜ。ただ、隊長を守ることは大前提。破るなよ』
何が守るだ。
お前が先に行ってしまったなら勝負もなにも意味がないではないか。
もう行く先の無い空しい感情はただロッシュの口を塞ぐ。静寂だけが息づくこの静かな眠りの地に、二人の沈黙が漂うばかり。何も言ってやれない俺が不甲斐ないと、きつく右手を握り締める。花びらが幾許か、視界を過ぎった。風に舞うメイルフォードの豊かなアッシュグレイの髪と、鮮やかな朱色の髪紐がやけに痛烈な印象を与えた。
「………メイルフォード、」
小さくやっとの思いで紡いだ彼女の名前が、知らない色を含んでいる気がして怖かった。彼女が彼女ではなくなっていく。あの笑顔は鮮やかな色を枯らし始めていて、私が守りたいメイルフォードが此処に死んでしまうと。ロッシュは、思いのままに声をかけても振り返りもしない彼女を後ろから、静かに抱き寄せた。少しだけ、震えた腕で。
「今度、共にボーダムの花火を見に行こう。あいつが……言っていた」
『なあ、ボーダムの花火大会だっけ?願いがなんたらって噂の。今度ロッシュと俺、隊長だけで行きたいもんだな…たまには息抜きしないと、俺達だって人間だ』
疲れちまうだろ?
私より幾らか背の低いメイルフォードに縋るように顔を寄せ、瞳を閉じなければ何故か泣き出しそうだった。僅かながらにでも確かに共に居たあいつがいなくなったからなのか、メイルフォードが、彼女が一番泣きたいはずなのに。
しかしメイルフォードは花束を取り落とした右手を静かにロッシュの手に重ねると、弱々しい力で握る。縋るように、それでも包むように。
「………、馬鹿な奴」
それから少しして、雨滴が繋がれたロッシュとメイルフォードの手の上に落ちる音がした
(あれからだ、彼女の笑顔の傍にいつも柔らかな違和感を感じとれたのは)
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BGMはサントラより『色のない世界』
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