小説 | ナノ
今宵このまますべての夢と


魔物討伐の任務がたった一日で終わるはずがない。そんなことが起こりうるとしたら恐らく人間として本当の安息を手に入れたときか、狩る為のターゲットとなる生命が途絶えたときか。

しかし幾ら優秀な兵隊を率いていたとしても、幾許かの負傷を負う者がいるというのに、今回同行した聖府軍のなかでもかなり異質なる者達は一人欠けたり、ましてやかすり傷さえ負わず。任務を終えてきたというにも関わらず皆、談笑しながら帰還してくるものだから。ロッシュを始めとする生真面目さが売りな"市民の為の軍人"としては、彼らがなぜこんな世界の中で笑って生きることが出来るのか理解できなかった。その隊員を率いて戦中を統率するメイルフォード・ベンメリアという女性さえ、何故あんな若くして隊長という階級を持つのか。昔から努力して今の座へ辿り着けたロッシュからすれば、不思議で、少しばかり男として悔しい想いさえある。だがそれを彼女に対しての興味であるのか、嫉妬なのか。それとも好奇心だというのか。あまり恋愛感情には詳しくないと(むしろ、いままで生きてきた中で自分はただ軍人としての誇りを無常なる喜びとして感じていたはずだから知る必要性もないと)思う自分では答えが出せないままだ。



夜中の静寂の真っ只中ではくだらない思考に更けてしまう。これでは休息さえ取れないではないか、と息抜きを兼ねて、今回の任務の為に建てられた簡易的な拠点より少し離れ、水辺に近い開けた場所に辿り着く。作戦は街の防衛も任務内容に含まれている為に、もしもの場合に備えての上だ。
一般市民も利用する者がいるのだろう、幾らか整備された街道はささやかなる配慮として街灯とベンチがある。風当たりのよい土地であるせいか、肌を撫でる風が心地好い。あと少しだけ此処に居ようかと、ベンチを目指し歩みだしたとき、先客がいることに気が付く。


「………あれは、」


無意識のうちにロッシュの口より零れた呟きは、軽く夜風にさらわれる。彼は自分のささやかな休息の時間を潰されたことより、その視線の先に居る人物に対しての興味が勝っていて、自然と足は向いていた。この冷たい夜風に抱かれて月夜の乏しい光りに見守られ眠るメイルフォード・ベンメリアの姿に。


「………」


ロッシュが見下ろすように佇んでも、彼女は静かな吐息を規則正しいリズムで零している。なんとも無防備だ。幾ら陣営に近くとも魔物が全く出ないわけではないし、見付けたのが自分でよかったとも思う己が思考の片隅で息づいていることに気が付き、笑いたくなる。何が、俺でよかっただ。声をかける事さえままならない立場であるというのに、だからこそ焦がれる理由がある。そっと手を伸ばし、今は結っていない豊かなアッシュグレイの髪が沿う頬に触れてみた。


俺達とは変わらない
なのに違う世界から産まれたようにメイルフォードの表情はどうしてか違和感を拭い去れないのだ



「………なぜ、あなたは」


笑ってる顔は好きだ
でもあなたの笑ってる顔は、それがあなたにとってのすべてであるかのように苦しいのだ



起こさぬように、それでも伝える事ができない。堪える事ができなかった想いを告げるかのように、添えた手はそのままにロッシュは眠るメイルフォードの瞼に軽いキスを落とした。憧れにも似た願いと夢心地な理想を含めた瞳の色で見た彼女が、酷く、(失いたくないほど綺麗だったから)恥ずかしくて決して口にはできない想いを今宵花束に告げたのだ、

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