ノエル夢祭り | ナノ
君を置き去りにする前に


もうイヤと云う程に慣れてしまった風を身に受けながら、何時だって変わらない赤黒い空を仰いだ。
少しばかり荒い息を吐いたメルの背には仕留めたばかりの魔物が横たわっている。
今日は自分の誕生日だったけれど今は毎日が生きれるかどうかのこの世界の中で、望むのは『明日』。
高価なモノ、なんかより確実な未来を夢見ることが多くなった。
もとより昔から廃れていくばかりのこの世界ではそういうモノを望むより、誰かにかけてもらえる言葉が嬉しいから望まなくなっただけかもしれない。


おめでとうね ありがとう! 早く嫁さんいけよ! うるさいな!


そんな小さな言葉の交わしあいがどれほど大切だったのだろう。今になって、寂しくなって人はようやく人の繋がりを身に沁みる思いで痛切に願うのだ。どうしてあの時にあの子に会いにいかなかったのだろう、どうして狩りに行くとき声をかけてあげなかったのだろうって。

魔物との戦いで出来た頬の傷から滴り落ちる血を乱暴に手の甲で拭い、白い砂漠に下ろしていた身体を起こす。
辺りが少しざわついてきた。夜になれば余計視界は悪くなるし野宿をするにも必要な道具を今は持ち合わせてない。
それに今朝方はユールに会ったから。
時詠みの巫女と呼ばれる小さな少女は自分達が住む村の中で一番ちいさな子。
誰もが守ろうと思った存在だった、だから女でも関係ないと私は慣れない剣を手に取ったのは何年前の話だっただろうか。
毎日のように父親を含めたハンター仲間に着いて行っては色々学んで、狩りを覚えて。

正直言ってあの頃より女の子らしさなんて捨てていたのだろう。昔、幼馴染のノエルという男の子のおばあさんから聞いていた話や文献、周りの皆を見ていたって私は一際大雑把で尚且つしおらしさなんてどこかに置き忘れたかのように、同じ年頃の男に負けたくないという意地っ張りぷりを発揮していた。
あんたより大きい魔物を仕留めたとか、そんなくだらないことばかり競っていた気がする。
だけど今はユールを守る使命を持つというカイアスと、ずっと同じ道を辿ってきた幼馴染のノエル、そしてユールと私だけとなってしまって思い出す度にむなしくなるから、自然と誰かを喜ばせたいという気持ちだけが強くなっていったから尚更自分に対して疎くなってしまっただけなのだ。

ひとりでいる時間が長くなると無駄なことばかり思い出してしまう。
さっさと村に戻って、三人に振舞ってやろうと魔物を背負おうと片膝を付いた刹那、胸を貫くような鋭い痛みが走った。
同時に喉が痛み思わず酷く顔を顰めてしまう。血痰交じりの咳を繰り返せば、頬の傷とは違う血の香りが嫌でも気に障る。
昔、村の人々を死に至らせた肺の病だった。粉塵と化したクリスタルの粒子が体内に蓄積してそれが人を段々蝕んでいく。
何百年も昔、女神の娘らと称えられコクーンという地を支えていたそれがこうして未来の人々の命を脅かしているなんて思いもよらなかっただろう。
だけど病のことは未だに誰にも言ってない。皆を残して逝くのはまだ早いと思っていたから。
いずれ知られてしまうのだろうけどさよならを告げるのは最後だけでいいから、と。




少しばかり予定より遅くなってしまったせいか、村の入り口がようやく見えてくる場所まで来ると、夜の中でメルに向かって走ってくる人影が一つ。
もう見慣れてしまった青い服のを視認するなりメルが空いた手で挨拶を交わすように片手を上げれば、その人物――ノエルは目の前に来るなり頭を叩いてきた。


「ちょ、何すんのッ」

「あんたな! 昨日あんだけ何もしなくて良いって言ってたの忘れたのか!」

「良いじゃない無事にこうして帰って来たんだから…って痛い馬鹿頬抓らないでそこ!怪我!!」

「なーにが無事にだよ、こんな怪我負っておきながら説得力ない! メルはもっと自分の事を考えろって!」

「ああ言えばこう言う…! ったく、わかったわよ」


ぎゃあぎゃあと言い合う様はまるで年頃の子供達には見えないだろう。お互い良い歳でありながら何時だってこうだった。でもそれが唯一昔から変わらない、みんなが居なくなっていく世界で無くならない2人のいつも。だけど最後には決まってノエルもメルも笑っているのだ。馬鹿みたいな、特別という枠にも囚われない小さなこの関係ではお決まりなシナリオ。

「ユールがな、心配してたんだぞ。カイアスだって、あいつ何も言わなかったけど。それにあんたが帰って来なかったら俺が折角準備したの無駄になるだろ」

「準備って…何を?」

「……はあ」

ちょっとため息付かないでよと軽く小突けば、また彼は笑う。それは昔から一緒だった二人だけの、言葉にしなくとも通じ合える表情。彼のその色が失せない限りは、私はまだきっとこの世界で生きていたいと思えるんだろうなと、声にならない小さな不安は心の片隅に仕舞っておいた。



弱音なんてきっと私とは一番程遠い 脆さだと思ったから

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お題元様:オーヴァードーズ

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