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 先輩は小さいころ、わけあって幼稚園には行かず、昼間は隣に住むイギリス人の老夫婦とほとんど過ごしていたらしい。会話はもちろん英語。

「……なんという英才教育」
 おれが感動してると、先輩は「ばーか」と言って俺の頭をぐしゃぐしゃなでる。
「うぎゃ」
 この人力が強いうえに手加減ってモノのレベルがずれてるから、こんな風にされるだけでも俺の頭は結構揺れる。いてぇよ。
「喋れるってのと頭がいいってのは別だろ。英語喋れて頭いいなら、アメリカ人みんな天才じゃねーか」
……たしかに。
「で、どーする? 全文和訳してやろうか?」
 先輩は本をぱらぱらめくって、軽く言う。たぶん、こんなの、先輩にとっては朝飯前なんだろう。
「う」
 それは、とんでもなく魅力的な提案だ。先輩としてはいつものお礼ってくらいなんだろうけど、これは、やっぱり……さ。
「……じぶんで、やり、ます」
 悩みぬいて、俺は答えた。だってこれは、信頼を回復するための俺の戦いで、でもって俺のプライドがちょこっとかかってたりするわけで、たぶん人の答え丸写しじゃ、だめだ。形だけ整っても意味が無い。
「いいのか?」
 眼を丸くしてる先輩に、俺は頷いた。
「どうしてもわかんないとこだけ、ヒントください」
 手助け無用、と言い切れないのが俺のヘタレなとこである。

 そして先輩は、思いのほか優しかった。

「その文章の訳、区切る位置ずれてる。前から順に訳してみな」
「asの訳し方、もっかいよく考えたほうがいいぞ」
「そこ、順接の関係が逆さになってる」

 もっとぼろくそに言われるかと思ったら、否定的な言葉はほとんど言わないし、思った以上にその指示は的確で優しかった。それに、俺がうんうん悩んでても、助けを求めるまでは絶対口出ししない。根気強く、俺がペンを進めるのを待ってる。11時を回ったころにはさすがにやばいなぁと思ったら、「何もしないから気にせず泊まってけ」と言われるし。
 あんまり優しくされると、調子狂うなぁーと思いつつ、でも俺はやっぱりほだされやすいせいか、悪い気はしなかった。

 結局、全てが終わったのは日付をまたいで短針が2の字を指したころだった。

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