26
俺からレポートを受け取った軍曹は、座ったままじっとそれを見て、やがて口の端を持ち上げた。いやみでもなんでもなく、満足げな表情。めったに見ることが無い、笑顔だ。
「……いいだろう。今回はこれに免じて多めに見る。次は無いと思え」
「あ、は、はいっ」
どもりつつそう答えると、軍曹は立ち上がって、俺の頭に手をのせた。でっかい。先輩と同じくらいでっかい手だ。その重みでちょっと頭が下がる。
「本神のことも大変だが、がんばれよ」
くしゃりと撫でられた。
伏せられた顔が、熱くなる。
やばい。すごく、うれしい。親に褒められたような気持ちになって、くすぐったい。
厳しい軍曹が生徒に人気があるのは、こういう理由なのだ。もうあからさまに飴と鞭ってやつなんだけど、わかってても、やっぱりうれしくなる。こればっかりはしかたない。
(うん。ここは先輩にお礼言いに行こう。たくさんお世話になったし!)
今日は部活ないし、たぶん先輩は俺を待って教室に残ってる。迎えにいくついでにお礼を言おう。我ながら名案だと俺の足取りは軽く、浮き足立っていた。
こののち、激しい後悔に襲われるとも知らずに。
……おれは、本当にめでたい頭だったのだ。
そして迎えにいった先で、先輩がにっこりと笑う。反対に、俺は硬直。
そうだよ。この人は、変態なんだ。
こうなるって、わかってたじゃないか。
「先輩のおかげで、課題大丈夫でした! お礼になんかおごりますよ」なんて言ってしまったさっきの俺、ほんと殴り飛ばしたい。
俺の善意に、この変態はこう答えたのだ。
「モノは要らねー。お礼はお前のちゅーでいいよ。駄目なら帰ってからお前抱きつぶすけど」
思わず笑みが引きつった。どっちを選ぶかって……これ、選択肢の意味無い。前者以外の何があるってんだ。後者の「抱き潰す」って、そんな表現聞いたことねーよ! しかも不良がちゅーとか言うな!
先輩は机の上に座って、「いつでもどうぞ」とニヤニヤ笑いながら俺を見あげてる。放課後は運動部は皆グランドにいるし、教室に来る人は基本的にまったく居ないから見られる心配はまず無い。
ない、けども。
俺は座ってる先輩の前に立って、その肩に手を置いたり離したりして、往生際悪く、「うー」とも「あー」ともいえないうめき声を上げいた。
だって、嫌だろ。恥ずかしいだろ。この二・三週間で散々キスしたし、それ以上だってある。今更だけど、でも、べつに恋人でもなんでもないんだ。俺、先輩に遊ばれてるだけで、ホモでもゲイでもないのに、なんで自分からキスしなきゃいけないんだよ。
「ん。できねーの?」
先輩が俺を見上げて、首をかしげる。ご褒美待ってるでっかい犬みたいな、すげー楽しそう。なんか、かわ……。
かわ……?
い、いや、ないぞ。ないない。
なんだ。何を考えた、俺。
か……かわいくなんて、ないぞ。こんなフェロモンプンプンで男くさいイケメン、が可愛いはずない。
寒い発想を必死に打ち消して自分自身にいい聞かせていると。その間に先輩は痺れを切らしたらしい。ぐいっと、腕掴まれて引き寄せられて、気づけば耳元に先輩の顔。
「じゃ、やっぱ、帰って抱きつぶすしかねーなぁ」
ささやくような、耳の奥にこだまする声。獰猛な獣が舌なめずりしてる絵が思い浮かぶ。さっきまでのでっかい犬みたいな愛嬌は、面影も無い。
……やっぱかわいくねー!! こえー!
「き、キスしますからっ」
ええい、仕方ない。もう勢いだ。深く考えるな、俺。
ぱっとしてぱっと離れよう、それしかない。
俺は先輩の頬に手を添えて、その唇に自分の唇を押し付ける。
それはセックスに延長しない、ただの触れるだけのキス。
だけど、逃げることは適わなかった。
「……いいだろう。今回はこれに免じて多めに見る。次は無いと思え」
「あ、は、はいっ」
どもりつつそう答えると、軍曹は立ち上がって、俺の頭に手をのせた。でっかい。先輩と同じくらいでっかい手だ。その重みでちょっと頭が下がる。
「本神のことも大変だが、がんばれよ」
くしゃりと撫でられた。
伏せられた顔が、熱くなる。
やばい。すごく、うれしい。親に褒められたような気持ちになって、くすぐったい。
厳しい軍曹が生徒に人気があるのは、こういう理由なのだ。もうあからさまに飴と鞭ってやつなんだけど、わかってても、やっぱりうれしくなる。こればっかりはしかたない。
(うん。ここは先輩にお礼言いに行こう。たくさんお世話になったし!)
今日は部活ないし、たぶん先輩は俺を待って教室に残ってる。迎えにいくついでにお礼を言おう。我ながら名案だと俺の足取りは軽く、浮き足立っていた。
こののち、激しい後悔に襲われるとも知らずに。
……おれは、本当にめでたい頭だったのだ。
そして迎えにいった先で、先輩がにっこりと笑う。反対に、俺は硬直。
そうだよ。この人は、変態なんだ。
こうなるって、わかってたじゃないか。
「先輩のおかげで、課題大丈夫でした! お礼になんかおごりますよ」なんて言ってしまったさっきの俺、ほんと殴り飛ばしたい。
俺の善意に、この変態はこう答えたのだ。
「モノは要らねー。お礼はお前のちゅーでいいよ。駄目なら帰ってからお前抱きつぶすけど」
思わず笑みが引きつった。どっちを選ぶかって……これ、選択肢の意味無い。前者以外の何があるってんだ。後者の「抱き潰す」って、そんな表現聞いたことねーよ! しかも不良がちゅーとか言うな!
先輩は机の上に座って、「いつでもどうぞ」とニヤニヤ笑いながら俺を見あげてる。放課後は運動部は皆グランドにいるし、教室に来る人は基本的にまったく居ないから見られる心配はまず無い。
ない、けども。
俺は座ってる先輩の前に立って、その肩に手を置いたり離したりして、往生際悪く、「うー」とも「あー」ともいえないうめき声を上げいた。
だって、嫌だろ。恥ずかしいだろ。この二・三週間で散々キスしたし、それ以上だってある。今更だけど、でも、べつに恋人でもなんでもないんだ。俺、先輩に遊ばれてるだけで、ホモでもゲイでもないのに、なんで自分からキスしなきゃいけないんだよ。
「ん。できねーの?」
先輩が俺を見上げて、首をかしげる。ご褒美待ってるでっかい犬みたいな、すげー楽しそう。なんか、かわ……。
かわ……?
い、いや、ないぞ。ないない。
なんだ。何を考えた、俺。
か……かわいくなんて、ないぞ。こんなフェロモンプンプンで男くさいイケメン、が可愛いはずない。
寒い発想を必死に打ち消して自分自身にいい聞かせていると。その間に先輩は痺れを切らしたらしい。ぐいっと、腕掴まれて引き寄せられて、気づけば耳元に先輩の顔。
「じゃ、やっぱ、帰って抱きつぶすしかねーなぁ」
ささやくような、耳の奥にこだまする声。獰猛な獣が舌なめずりしてる絵が思い浮かぶ。さっきまでのでっかい犬みたいな愛嬌は、面影も無い。
……やっぱかわいくねー!! こえー!
「き、キスしますからっ」
ええい、仕方ない。もう勢いだ。深く考えるな、俺。
ぱっとしてぱっと離れよう、それしかない。
俺は先輩の頬に手を添えて、その唇に自分の唇を押し付ける。
それはセックスに延長しない、ただの触れるだけのキス。
だけど、逃げることは適わなかった。