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 俺たちの英語教師は「軍曹」なんて物騒なあだ名を持っている。「お前どう見ても体育教師より運動できるだろ」ってくらいのガタイのよさで、だけど熱血な体育教師とは反対に必要以上のことは喋らず基本的に口調は命令形。決して暴言を吐いたり暴力を振るったりということは無いんだけど、鬼畜な量の課題を出す。できていれば問題ないが、出してない奴は職員室に呼び出されてひたすら直立。暴力振るわれるでも罵倒されるでもなく、不機嫌オーラ全開で沈黙を続ける教師の前に立つ。その間、軍曹はぺしぺしと自分の手を定規で叩いたりして、呼び出しておきながら生徒を無視。こっちを向いて座ってるんだけど、視線は足元に落ちていてその表情はわからない。生徒はただただ軍曹が口を開くのを待つしかない。

 なんでそんな詳しいのかって言うと、
 今、俺はまさにその状況だからで。
 ……あぁ。止めてこの空気。超泣きたい。

 数学や化学は良い。少なくとも高校生が並ぶレベルの問題には、ちゃんとした答えが用意してある。そしてそこにたどり着くための歴然とした道筋ってモノがある。理解すれば、問題なんてあとはその数字を入れ替えるだけ。それとは反対に、国語や英語って言うのは厄介だ。同じ形してるのに文脈によって意味が変わったり省略されたり言い換えられたりする。型なんて、あってないようなもの。
 俺は基本的に英語は赤点どころか……青点。青点っていうのは赤点のさらに半分ってことで、うん、要するに英語は壊滅的に苦手なのだ。そんな俺がなんで進級できたかっていうと、苦手ながらもまじめに予習をし、課題を出しているから。この人は厳しい反面、努力は相応に認めてくれる。だから、俺が課題を出してないってことは、冗談抜きに、やばい。
 軍曹が身じろぎして、きぃ、と椅子がなる。びくりと俺の肩が揺れた。
「城田、お前は反抗的な眼つきの割に誠実な奴だと思っていたんだが」
 手のひらを定規でたたきながら軍曹がおっしゃる。
 つま先から背中へ、じりじりと焦りのような恐怖のようなしびれが這い上がってきて、声は震えた。
「……はい」
「とんだ見込み違いだったようだ」
 軍曹は俺を見ない。腹がしくしくと痛んで、泣きたくなる。「課題を出せ馬鹿野郎」となじられるよりも、よっぽどキツイ。
「……はい」
「点数が取れない分、課題でカバーしていたんじゃないのか」
「……」
「課題も出さないお前に、どうっやって良い評価をやれると思う」
「……」
「事情は斟酌しない。お前が本神で忙しかろうが、そんなことは課題に関係ない」
 
 先輩の家に通うようになって、2週間以上が過ぎていた。勉強を教えるのはもちろん疲れるが、それ以上に「アレ」から身を守ることに精神を使いすぎていつも疲労困憊してしまう。そのせいで今回のように課題を忘れてしまう事が増えた。理系科目なら学校で気づいてその場でやってしまえるけど、文系科目は苦手だからそうは行かない。他の先生たちは「仕方ないね」なんていってくれる。けど、わかってる。軍曹の言うとおり、俺の課題と本神先輩は直接関係の無い事柄で、こんなのただの言い訳に過ぎないんだ。

「……すみませんでした」
 震える声でそういうと、軍曹はめずらしくため息をついた。まだ、視線を合わせてはくれない。それが怖い。
「俺に謝るな。お前は自分で自分の将来の可能性を狭めただけだ。俺には何の痛手もない」
「はい……」
 軍曹は正しい。正しいからこそ、厳しい。
「この本の第3章を日本語1000字で要約して来い。明日までだ」
 ぽん、と胸に一冊の文庫本を押し当てられた。軍曹は立ち上がっていて、俺のことを真剣な目で見下ろしている。

「俺をこれ以上失望させるなら、もうお前には何も期待しない。わかったな」

 俺は必死に頷いた。

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