深夜0時を回った。いつもと変わらないバイト先からの帰路だったが女はそれなりに浮きだっていた。
20である。今しがた、ついさっき、ミョウジナマエはこの国の法律で飲酒を解禁される歳になったのだった。
ビニール袋の中には数種類の缶と適当な惣菜が突っ込まれており歩くたびに揺れている。
得意げに免許を見せたナマエに微笑ましそうなおじさんの笑顔も気づくことなく特別な今日を目いっぱい楽しもうといつもと違う道へと歩を進めた。
景気良く晴れた空には満点の星が浮かんでいる…とは思うがあいにくここは町中なので三等星程度が限度らしい。
街頭がなければもう少し先まで見えたかもしれないが。

そう、ナマエにとって今日は楽しいプチ記念日になるはずだったのだ。
そんな平和な日が瓦解したのは確実に視界の端に映りこんだ影のせいだった。

ひゅ…とか細い悲鳴が喉から出た。
目を逸らしたいのに言うことを聞いてくれない自分の体。
泡立つ肌は敏感にその冷気を感知し危険信号を絶えず発する。アレはヤバイ、と。

(だれか、だれか、だれか!)
助けてと声にならない声を叫び踵を返し駆け出した。
どう考えても自分の世界の外のものだった。
目は飛び出しうじゅりぐちゃりとソレから発しているらしい粘着いた水音がいやでも耳に入ってきた。
缶の入ったビニールを落とせばいくらか走りやすくなりそうなのにその中に一緒に今月の給料を引き出したばかりの財布を入れてしまったためそれもかなわない。
角を曲がろうとすれば先回りした影が突っ立っていた。グロテスクな中身が垂れ下がるソイツから逃げるように先を行く。
誘導されているのかどんどん人通りの少なくなってきた道にナマエは涙を浮かべた。
最悪なことを思い出した。この先は袋小路になっている。

アレが一定の速度で追って来ているのを薄目で確認し、行き止まりの民家に侵入し塀をよじ登って逃げることを決意した。
勢いつけても多少時間がかかるだろうと踏んでスピードを上げる。
肺が悲鳴を上げているが無視し、一歩目。塀の角を蹴り飛ばした。
イメージ通り宙に浮いた体を90度捻り塀の縁に両手を掛ける。
擦れて火傷のようにひり付く手のひらにさらに力を籠め上半身をどうにか上に持ち上げた。
足を引っ張り上げようと腹ばいになったところで見てしまった。見えてしまった。
あれだけ開いていた距離は1mもなかった。にたりと笑ったらしい崩れた顔面が顔の真横に鎮座していた。



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エクボは不貞腐れていた。
なんせ己が築き上げてきた教団は一瞬にして塵と化し、シゲオに師匠と呼ばれていたド素人から「見えてないのは弱すぎるから」と評された。
これで感情の一つも動かなければ悪霊になってるはずもないのだ。

(お前にセンスがねぇんだっつーの!)
なんてシゲオがいる手前口にしたら今度こそ消されそうだったのでおとなしく心の中で叫んでおくことにしたが……。
エクボはもうなんというかとてもむしゃくしゃしてた。
言うなれば時間がたって沈下しかけていた小火から火が出てきただけである。
シゲオが就寝したのを見計らってこっそり抜け出してきたエクボは、体のいい八つ当たり先を探し……あわよくば低級霊でもいいから食って力を取り戻そうと街を浮遊していた。

「……お?」
視界の端を超スピードで駆け抜けていったそれに照準を合わせた。
女だ。ガンガンとビニールの中身同士を打ち鳴らしているが己が奏でるその騒音にすら気付いていないらしい。
必死な形相をしているもので思わずふよりと近づけば、角の先から狩りのように追い立てているソレを見つけた。
種族、悪霊。己と同じ人じゃないものだった。向こうさんもこっちに気付いたらしいが横取りする気がないのを悟ったらしく構わず女を追いかけていった。
あ〜、ご愁傷様。エクボがらしくない合掌を向ける。
この世は弱肉強食なんだよなぁ、俺様に助けてやる義理もなかったし邪魔する価値がない。
それにあの悪霊は霊場から追い出されてさまよったのかカラカラの霊力しか持ってないみたいであまりおいしくなさそうだったし。
その考えが浮かぶ時点でシゲオに影響を受けだしているなんて気づきもしなかったエクボはまた肥えた霊力を求めさらに上へ浮遊を始めた。
その時だった。

瞬間的に溢れ出した霊力に顔を向ける。
この感覚は、最近…そうだ。シゲオと同じ……!
前言撤回だ。アレにやっちまうのはもったいなさ過ぎる。
シゲオのキープとしてその旨そうな霊力吸い取ってやるかと駆け出した。足はないが。


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