倒れる己が上司に腫れた頬の痛みが消えた気がした。
「…っ、ボス!」
後ろ回し蹴りでビリヤードのように連鎖させて数体巻き込み消滅させたナマエが叫ぶ。ボスの背後に立っていた男が持っている獲物からして死因は完全にあの刀である。マジか、子供の目の前で見せるのか。目の前で師匠と慕う男を斬り殺されたモブ君の目を塞ぎに行こうと駆け出すが消せば増える分身が立ちふさがってくる。「邪魔だッ」襟元を十字に掴み、投げ飛ばす。本体にダメージを与えることは未だ叶っていないが全部分身だったおかげで彼の元まで細い道が出来た。呆然とする子供たちの元までパーカーを脱ぎながら走る。

「ナマエちゃん、アンタは見ちゃいけねぇ」
見るな。
「パパ」
見るな。

「モブ君!」
見るなっ!

男の弟子で己の先輩である少年の頭を抱え込むと同時にパーカーでボスの背中を隠すように被せた。ダメだ、忘れろ。何もなかった。これは夢だ。言い聞かせるように頭を撫でつけていた私の耳にくぐもった少年の声が聞こえる。か細い声だ。大丈夫だ、何も見ていない。腕の力を締め付けないレベルに強める。「ナマエさん」モブ君が声をかけてくる。親玉が斃されたと確信している男たちは私たちのこれからを憐れんでいるらしく攻撃が止んでいた。

「ナマエさん、僕は逃げました。大丈夫です」
現実逃避だと思った。私の腕では三人分の視界を覆うことは敵わない。無力だった。圧倒的な虚無感に苛まれる私をモブ君がタップする。再度、大丈夫ですよとの単語を吐き出された後、私に影がかかった。
「ビックリさせんなよな」
斬られたかと思ったわ。
スーツについた埃を払いながら立ち上がったボスに思わず「は?」と疑問符が出た。は?不死身か?斬った張本人の顔を見、床を見る。同じエモノだよな?このスーツ高いんだぞと、こないだ私に安売りセールで買ったと自慢していたのに今目の前でふっかけている男が偽物だとは到底思えない。でもあの床を抉った刀が偽物とも思えない。立ち上がった霊幻から傷を隠す為に被せていたナマエのパーカーが地へ落ちる。……そういえば血が出てないですね…?

「師匠に任せて逃げました」

小声で正解を教えてくれるモブ君にタップされ、回していた腕を外す。な、なるほどな???いや良く分かってないんだけども。私の転写みたいな感じで?力を移したからオートバリアみたいな?そういうこと?「まあ、そういうことですね」今の僕一般人ですよ。晴れやかな顔をしておられる…。落ち着いたこの中学生と対照的にこの、目の前で他者を煽り、攻撃を受け止めまくったあげく他人の刀を圧し折った傍若無人を体現したかのような男に別の意味で涙した。ガキか……。
立ち竦む眼鏡を追いやるとぼこぼこと絶えずうごめいている肉塊の…キメラのような悪霊も殴り霧散させる。私がちまちま倒していた分身も一瞬で消す。あっちょっと待って予想以上に私にも精神ダメージ行った……。掃除機玉も適当に破裂させて消滅させた霊幻はポケットに手を突っ込んだ。調子が出てきたらしい。いつも以上に口が回っている上司にいろんな意味で心労が重なったナマエは座り込んで眉間に寄ったしわを抑えた。もうなんか勝手にして……。
ちらりと後ろを確認する。弟君とヅラ君も同じような顔をしていた。

遺志黒に隣室へとタックルでぶち込まれ数秒殴打音が響いていたが、音が止んだ瞬間黒い塊がこっちに吹っ飛んできて、いまだパラパラと瓦礫のカスを落としている穴をのそりと潜り抜け戻ってきたボスに勝敗がついたのだと痛む頭で緩慢に解析する。もうついていけないんだけど。謝りつつも手元にあるはぎとった戦利品を放るその言動伴ってない感じ、めっちゃ余裕ですね…。眼鏡がめちゃくちゃ悔しそうに折れた刀で切り付けているけどダメージの一つも加えられないようでとうとう見てられなくなったナマエは座り込んだまま顔を覆った。腰が抜けたわけじゃない。
叫び己の境遇を語りだした男にしょうもない自身の過去をぶつけ、挙句武器の没収まで始めた上司を止めてくださいと音になるギリギリのか細い声で懇願した。もうやめてあげて……。しかしそんなナマエの切なる願いは届かないのであった。


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