治療費と慰謝料を請求されたくない一心で人生で一番きれいな土下座をこなす私にボロボロになって処置されている密裏さんは大丈夫と人が出来すぎている返事を返した。それよりも超能力を体験出来て楽しかったよとたんこぶを撫でながら付け加えた密裏さんと己の職場のボスを脳裏で比べる。密裏さんはこんなに聖人なのにうちのボス当たり屋みたいなことしてそうなのやばいな…。ナマエの中ではただの妄想の産物であったが残念ながら少し前に現実となっていた、壺押し売り事件で哀れにもタゲられた…渦中のモブがいたらそう答えていただろう。
普通に座って欲しいなだなんてナマエに零す密裏。
ただ資産家の御曹司だのなんだの聞いていたので引き続き誠意を見せるべきでしょうなと対面したまま未だ頭をあげることができずにいるナマエを頬を掻いた密裏がやめさせようと言葉を落とす。二度目である。
「…じゃあこれからも時間が空いた時うちのラボに来てくれるかい?それでチャラにしよう」
「聖人かよ」思わず口から出てきてしまった。聞いてなかったのかスルーしてくれてるのかわからないけど興奮したままで胸をなでおろす。私変人じゃないんで。

「しかし念写だけだと思ってたからびっくりしたなぁ」
嬉しい方向にだけどねと氷嚢を当てたままウインクを飛ばしてくる密裏さんにソファーへと座り直した私が頷く。今思い出したわ、運動会で足に細工したわ。完全にショック療法状態で取り戻した記憶を話し、自分にはとことん想像力がないなと確認する。すっかり忘れてたわけだ。念写だけじゃなくて人に想像した能力が転写出来るならもっとやりようがあったことはいっぱいあったと思う。目の前の大学試験問題は白紙のままだけど。高卒にやらすな。
脳内で訳の分からん文字列に悪態をついていれば頭には作用しないのかとメモを取られた。あ、ちょっと待ってそういう意味?今やるちょっと待って…。静止をかけアインシュタインを自分に転写しようと試みる。頭がいい人って言ったらアインシュタインでしょ。それ以外の名前は出てこなかった時点で頭は良くない。うん、ダメみたいですね。

静止しといて無駄だったことに若干の羞恥を覚えつつ、まあ人生そんなうまくいくわけないわなと開き直る。君の念写改め転写能力は本人の思考や想像力に準拠するものだということが解った。と言われた。なるほどそういうこと調べようとしてたのか。私てっきりこの難問やらされてんのさっきの意趣返しかと思ってたよ。聖人認定しておいてこれである。
「そうだな、映画とか漫画とかアニメとか用意しておくからさ」
気軽に遊びに来てくれ。サムズアップされた。
なぜ?私確かに暇なとき見るけどそんなオタクじゃないぞ?混乱したままのナマエをスタッフの一人に見送らせラボのドアを閉める。数秒後、夜だからと一応小声でざわめいていた世界各国から集まっていた研究員達の歓声が響いた。

「所長、来ましたね!」「見ましたかあれ!やばいですよ」
各々興奮を抑えきれない様子で故郷の言語で騒ぎ立てる大の大人たちを両手をあげて静止させる。わかる、わかるとも。僕が一番興奮してる。子供の時からの夢だったんだ。密裏はあげていた手を眼前で合わせた。パンと高らかに柏手一回。一般人でも一時的に能力を付与できる人物が現れた。しかも成功確率100%、ラボ結成から一番の快挙である。ラボに来てくれる少年少女たちとは別に彼女の能力を調べあげよう!己はどんなに願っても結局ただの一般人だから、せめて彼らに一番近い所にいたい。その一心で研究職に来た面々なのだ。出来るなら、自分たちだってあの非現実な能力を使いたい。代表で所長が実験したが、次は自分にお願いしたい。生まれてきてくれてありがとうミョウジさん。ラボの大人たちの心は一つだった。彼女は20になったばかりだが一般的に分類するなら大人のあたる。子供限定の能力だと思っていた、それが大人になっても使えるのだ。力は縮小するわけではないのだ。諦念していた夢が叶う現実に皆一様に涙した。童心に返った大人たちの瞳は輝いていた。
そして彼らは興奮して忘れていた、ナマエの電話番号を聞くことを。
ま、まあ密裏グループ総力をあげれば電話番号の一つくらい簡単だし…気づいた密裏の声は震えていた。







「あ、すみません、ラボの連絡先教えてもらえます?」
密裏さんに協力すると約束したんであった方がいいでしょとナマエはトークアプリを起動する。
忘れていたとばかりに頭を叩き男がラボと所長の連絡先を教える。ラボに来てくれれば誰かしらいるし自分だけ個別に交換したらハブられる可能性あるからと己の連絡先を教えなかった聡明で有能な男スタッフだが彼もすっぽ抜けていたところから見て興奮を隠しきれていなかった。


ちょっと事故はあったものの割と気分よく帰宅したナマエは安いパイプベッドの上で手の平を見つめていた。自分では考えつかなかった方向へとどんどん意見を出されるラボのおかげで己の能力で出来ることが増えたことに興奮していた。やはり人の繋がりは大事だな。帰るときには薄く消えかかっていた密裏の腕のタトゥーに時間制限があるらしいことも判別した。次に行ったとき何がわかるんだろう。楽しみだな。
ニマニマと思考を巡らせていたナマエががばりと上半身を跳ね上げた。霊幻の言葉を思い出したのである。が、数秒後にはスプリングのあまりきいてない薄いマットの上に再度倒れ込む。いやまあ確かにボスに他のバイト禁止にされたけどこれボランティアだしな。拘束時間の給料もらうけどボランティアだって無給じゃないの全然あるし普通普通。平然と契約の穴をすり抜けるナマエだった。


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