「あの…いつになったら除霊の儀式始まるんでしょうか」
年配の女性に不安そうに尋ねられた。裏でモブ君に電話しているであろうボスをチラ見し申し訳ありませんと答える。不安がられないようにボスの元へ行けないから霊の気配がないことを伝えられないのは痛いな。まあ、何とかなるだろう。
「少々依頼人様についていらっしゃる霊の気が強い様なので先に禊を行っております」
これをやることにより効果が違いますので、と新しく温かいお茶を淹れながら告げる。さっきから死ぬほど嘘をつきまくっているが言葉の力は強い。専門出ない人間には思い込ませればマリオネットの完成だ。裏でガサガサと物音をさせているボスこと霊幻さんはいつも通り小道具を取り出しているんだろうが、私の口だって無限じゃねーんだよなぁ!ボースはやく戻ってきてー。


「お待たせいたしました、こちらはヒマラヤ産の岩塩です」
ようやく来たと思ったらリクライニングに移動させてバスタオルを下半身にかけだしたボス。オレンジ色のこぶし大の塊を事務所についてるキッチンから持ってきたおろし金を使いながらも口を止めないボスに白い目を向ける私は悪くないと思う。除霊に岩塩使うとか聞いたことないわ、まあ霊いないっぽいからいいんだろうけども…。これ完全にマッサージ…。「ナマエ、ホットタオル」「アイサー」「2番のアロマと8番のお香」「アイサー…」こういう従業員をさも当然のように顎で使う所と小道具の呼び方に気を付けるところは素直に尊敬するわ。コンビニバイトの煙草の銘柄で鍛えた私のラック漁り能力に間違いが起こるわけがなく、部屋を漂いだす二つの香りに依頼人の女性が笑んだ。確かにいい匂いだわ。組み合わせを研究してる努力家な所も評価しよう。詐欺って大変だな。







「ボスどこに向かってんすか、森なんですけど」
「モブのGPSがここに来てるからさぁ、心霊スポットにでも道連れになってんなら回収しねーとって思って」
「ストーカーやんけ」
タクシーの運転手が怖がってるのをなだめるのは私の仕事である。どうせ耳ダンボにしてるだろうしと声のトーンを落とさずに話を漏らしてやる。男女で乗ってきたので心中かと怪しんでいたのだろう。明らかにホッとした様子の運転手にここからは車入れないと思いますと伝えられれば先にドアを開けて外へと出るボスに後ろ手で財布を投げ渡された。「ゴメンなさいね」と謝りながら渡された財布で代金を支払って私も同じように地面に降り立つ。うっわ完全に森。
「でもここに心霊スポットあるなんて聞いたことないんすけど」
「出まかせだしな、運転手怖がってたし」
詐欺師どもの観察力は鋭い。何とか電波は通っているらしくGPSを頼りに進んでいくボスの後ろをついて歩く。夜行性なので私は暗闇になれてるんだけどボスの足が覚束無いので前後交代するかと問えば女前に立たせて進めるかよと鼻で笑う。セリフはかっこいいんだけど足元ふら付いてんだよなぁ…。まあじゃあお言葉に甘えてといつでもこけた時に身体を引っ張れるようにと構える。大の男背負って山おりるとか嫌だからな、怪我は控えてほしいのである。藪の中を最短ルートで突っ切ってきたのでそんなことを考えていたのだが、いきなり立ち止まったボスの背中にぶつかった。
「急に止まんないでくださいよ…おや建物だ」
「ナマエ、絆創膏もってる?」
山の中革靴で歩くもんじゃねーわとぼやく霊幻に本当にカッコつかない男だなと笑いかけ、霊幻の元から離れる。男が倒れている。もう少し離れたところには木に挟まれて気絶している男がいた。戦闘が起こったようである。私を救ったエクボからちんまり聞いてはいたが、モブ君の力がどれほどなのか私は実際に見たことはない。ただボスの携帯にはモブ君の携帯がこの建物の中にあると示している。なるほど事件じゃねーの。「ボス」こっちを見てくれと呼ぶが返事がない。恐る恐る振り向く。か、囲まれてる――――ゥ!


「俺は何も聞いてないぞ?」
「ボ―――ス勝手に先行くんじゃねぇ!!」
私もクソみたいな能力しかないけどアンタ0じゃん!もっと慎重に行けよと心の中で唱えながら息を切らして駆け付けた私とボスを交互に見て肩をつかんでいた男が座り込んだ。「ボス」「ボスっていった」ざわめく周囲に警戒心を露わにする私が前に出る。ボスにはまだ言ってないけどこないだちょっと出来ること増えたので互いの足の速さを少し上昇させて逃げるくらいなら出来るはずだと周囲を確認する。戦うなんて考えは端からない。逃げる、そんで警察に任せよ?ね?
ナマエの構えにとうとう過呼吸を起こして口から泡を吹きだした男を眺めていた霊幻は怪訝な顔をして持病か?と周囲の人間に問う。静まり返ったままのこの場で霊幻が次に「医務室か休憩室くらいあるだろ、運んでやれ」という言葉を発した直後、明らかに空気が変わったのをナマエは肌で感じた。あ、これ大丈夫なやつですわ。己の上司の悪運が強すぎると構えを解いた。
「ボスのお通りだ、連絡を入れろ」
勘違いって、怖いね……。


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