アイオライトの澱


“目に違和感や疲れはありませんか?”
“順番に手術していこうと思いますが、先にまわしてほしい部分はありますか?”
“他にどこか調子の悪い部分はありませんか?”
必要最低限のみの質問を投げかけてくる…おそらく代表のカカシとスケブを回しながら答えていたが、数度目にして顎がもたなくなってきた菫がぽとりとペンを落としてしまった。
病院の白いシーツが自分にかぶせてあったのを思い出しやばいと冷や汗を浮かべるも、まるでわかっていたかのようにカカシが口の下に手を入れ空中で拾い上げる。
涎でべとべとのはずのペンだがカカシさ…いやもう奴でいいや……。まあ奴は気にならないようで、静かにキャップをはめると自身のポーチへとしまい込んだ。
途中のスケブを脇に抱えると、近くにいた医療班の男に二言三言話をし、応答中にいのちゃんに用意してもらっていた車いすを展開するように指さし頼んでいた。

しばらくぶりのクリアな視界に神経が脳へ情報伝達を過剰に行っていたのか、取り込んだ光はまぶしさを増していくようで、仕方なしに瞬きを幾度も繰り返していれば背中と膝裏に添えられた手が上昇する。
なんとか問答中に落ち着いてきていた菫は抱え上げられた時点で大変なことに気づいてしまった。これは俗にいう姫抱きではないだろうかと。
姫抱きという言葉の雰囲気にいい年下大人である私は表皮に粟をたててしまうのだがそれもおいておこう。姫、抱き…なのは動けない私でも吹かなく安定する抱き方だからこちらが我慢すればいいだけだしこの際置いとくけど、ちょっと顔が近すぎるのではなかろうか。
照れ隠しに顔を押しのけるという事すらできない自分にとって、反抗できるのは首を背けることくらいである。
皮膚の色が違い、さらに筋細胞と馴染んでいないため表面上でどう見えているかわからないが、顔を真っ赤にして下で組み立てられている車いすを見ようと限界まで首を動かし背けるも、片手というか二の腕でそれを制され挙句頬ずりまでしてきた。こいつ人前でやりやがった。
慌てて視線を周囲に巡らせるが幸いこちらを見ていた者はいなかったようだ。本当に危なかった。
いくら動けない自分を好き勝手してきた男でも、自分のせいではたけカカシというイメージに傷がついてしまうのはいたたまれないし。
まあでもね、やっぱり一つ言いたいのは……懐き具合が若干危ういタイプだなと目が見えなかった頃から思っていたがどうして人前でやった!?言え!!ってことだよね!!
焦りどっと汗を噴出させた菫が車いすに乗せられる。ひざ掛けを丁寧に広げられた時には菫の頭には土砂流のごとく今までやられてきた記憶が流れてきていた。
しかも、これからは見えているのに今までのように、そして文字通り、隅から隅まで世話をされなければならないのである。
ちょっとまって……、もしかしてこのままだと子供のころに憧れだったキャラの一人に介護させるってことになるのでは……?
やっぱりやめろォはたけカカシィィ!!お持ち帰りせず入院させてくれ!!!!菫の声なき叫びは妙に勘の鋭いカカシが無視したためほかの人間にも言葉として捉えられることはなかった。


「菫さんが疲れてきたようなので今日はこれで。後で手術の日程を相談しに来ます」
照れ隠しに顔を背けようとする菫をカカシは許さなかった。
せっかくいのが意思を組んでくれた菫青石色なのだ。こればかりは譲るわけにはいかない。
君の瞳は100万ドルの夜景よりも…なんて同期に爆笑されそうなくさい言葉を口にすることはないが、その菫青を誰よりも慈しみ愛でようとカカシは縫い痕で凸凹している顔へと頬を寄せてから女を車いすに座らせた。
金はオレが出すから次は両手の神経の不良をお願いしたいと、先ほど伺ったばかりの菫の願いを伝えて自らが装着していた手術着を返却すると、車いすの脇に控えていたいのと交代し菫を乗せてゆったりと押し出した。
すれ違った幾人かがこちらを見ては噂をしているが、カカシにとってそれは雑音にすぎなかった。
それくらい今のカカシは安堵していた。喜ばしいことに菫からの己に対する拒絶の声が出なかったのである。
同期しか知らなかったはずなのだがやはりカカシの地位を影で欲しがっている忍がいるらしく、悪い噂というものは良いモノより遥かに回るのが早い。己の今までの言動とネームバリューのおかげでそれを信じているものは少ないようだがあの場で菫が拒絶の態度を見せればカカシの噂は確定し、彼女は存在しなかったものとされる可能性もあった。
それを理解していたのか彼女は墓まで持ってくことにしたようで、今後も彼女の世話を続けられそうだと入院を希望して何度もこちらに視線を預けてくる彼女の澄んだ目を視界に入れ半分以上布で覆われた顔で笑む。
カカシの細めた目に何を言っても無駄だと早々に理解し、困った顔をしつつもそれを受け入れた菫の様子に口布の下で微笑んだのだった。

すべてを治したら旅行にでも行こうかと、聞こえないのはわかっているが囁かずにはいられなかった。
出生も何もかもが不思議なこの人を愛しく思わずにはいられないと、くノ一として生きてきたのに諦めが早く自己主張の少ない菫を見つめながら帰路につく。
きっとその瞳と同じく聡明で玉を転がすような声色をしているのだろう。これからが楽しみだと自分の中で妄想を繰り広げるカカシの背中を攻撃してくる視線に耐えられず、菫はおもわず身動ぎをした。
この世界に飛ばされてしまった時に菫すら知りえない何かが壊れてしまったのか、愉快なこと以外に対し思慮する回路を焼き切り流されるままにノリで生きてきた菫をそう思っているのはカカシがまだ対話をしたことがないからなのだが。
その澱みに互いが気づくのはずっと先の話なのだった。


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