嗚呼見ているか百合の根よ


「夏っぽいもの詰め込んだだけなんだけど人に見られるとセンス無くて恥ずかしいわ」なんて呟きながらマキシワンピースの上に羽織り胸の下で結んでいたアロハシャツの裾を解くと、菫は姿勢を正しいのへと顔を向けた。
ひとつ聞いてもいい?と問われ頷けば山中一族であってるわよねと確認をとる菫。やはり頷き是と返せば一つふかい溜息をついて菫はサングラスを外した。
その奥に大切にしまわれていた瞳が輝くばかりの菫色で思わず息をのんだいのにぐぐいと顔を近づける。
「いのちゃん。貴方が入ってきたってことは、ここは夢の中ではなく心の中なのね」
「え、ええ。父はそう教えてくれました」
「そう……。私はちょっと勘違いをしていたみたいね、まあそれはいいの。貴方が来たと言う事は外で私に対して処分が決定したと言う事かな?」
しょぶん、ショブン、処分。何度か口にだし脳内でようやく漢字と繋げられたいのは勢いよく立ち上がった。菫の羽織るアロハが翻る。サンセットの世界で動くのはいのの黄金色に反射する髪と揃えられた菫の短めの髪、そしてアロハとワンピースだけだった。グラスにささる蛇腹のストローも時を止めたかのように揺れることはない。
「違います!仮にそうだとしてもそれは私が許さない」
いのの勢いに上半身を後ろに引く菫がその言葉を反芻しにこりと微笑んだ。
「ありがとう」
「本当に違うんです、カカシさんがっ菫さんは生きようとする意志がまだあるんだって言い出して、それを…っ」
「なるほど確認と現状把握か、確かに今の私は外界と隔絶されてるような状態だからねぇ」
身体と意識体の不具合を教えればいいのかなと両手を確認するように何度か開閉させ、にたりと意地悪な子供のような笑みを浮かべたのだった。正面からにまにまと楽しそうな、とても表情豊かな彼女を見ていたが、いのはその笑顔が誰に向けられたものなのかがわからなかった。


四肢、身体の末端の感覚はないが胴体部分は触感はある。ただ、筋肉が弛緩しているのか動かしにくいので物は噛めなそう。
味覚は拷問時でとうに消えているものの嗅覚は最近回復した、匂いでしかわからないけどいつも美味しいご飯をありがとう。
視覚は一番最初にダメになった、回復する見込みがあるかは見れないからわからない。
聴覚もない、いつも話しかけてもらって悪いんだがこちらには一切聞こえていないためいのちゃん伝手で返答も出来ずにごめんなさい。

「総合して、いつもありがとう……か。」
8歳児のお使いの手前、だいぶオブラートに包んだ言い方をした菫が頼むねとチャクラの限界が近かったいのを送り出した。
今度は菫が橋を作り出したおかげで行きのように泳ぐことなく意識体を自身の身体へと戻すことが出来た。
倒れているいのを抱えていたいのいちは、いち早く娘が戻ってきたことに気づいて呼びかける。
練習はしていたものの、本番などまだアカデミー生がやるはずなく。自分が今度は彼女の意識体につっこんでいのを連れ戻さなければいけない可能性もあっただけに、娘が何事もなかったかのように目を開けたときは死ぬほど安心したという顔を見せていた。
娘自身はそれに気づかずカカシへと親指と人差し指をくっつけて見せる。会話できましたと。
とたんにぶわりと、こらえていたらしい涙があふれ菫の腹へぼとぼとと染み込んでいった。
「ごめんね、ごめんね気づけなくて!」
「カカシさん、苦しがってる可能性もあるんですからもう少し優しく!」
「その前にカカシはうちの娘に言う事あるだろう!」
「お父さんうるさい!」
娘の功労を称えて欲しがった父は一瞬後、口を閉じしょんもりと後ろに下がっていった。


「お茶です、いのさん」
「……あの、落ち着いたとたんかしこまらなくていいです」
カカシが落ち着いたところで、いのは水に触れていたはずの身体を確認していくが幻影だったのか水滴が零れることはない。
ただ先ほどまで全身を濡らしていたという感覚だけは存在する為にこの温かいお茶は大変ありがたかった。しかしその感謝を言葉にすることなくいのはずず…と啜り、一寸先に己が口に出す言葉を考えていた。
目の前の、はたけカカシという男は。おそらく…いや確実に彼女という存在そのものに夢を見ている。
彼女の本当の性格を知ったのは自分が初めてなのではないだろうか。
あんなに泣いて縋ってきた男性に放してもよいのだろうか、いや……幻滅されないかなコレ。
いのの中でぐるぐると菫の粗雑で杜撰で散漫な、女を捨て開き直った笑顔が動き回る。大事なことだから3回言ったけど全部同じ意味である。
うううんと唸っているいのに再び涙目になりそれを懸命にこらえる男ができだしたとき、ようやく腹を決めたらしいいのが口を開いた。

「彼女、重度の無気力症じゃないと言っていました」
視力以外にも胴体以外の四肢の触覚とか聴覚とか味覚が無くなっていて、何かを問われていても反応が出来ないみたいでした。
ああでも最近嗅覚だけ回復したので、私の飼い主さん美味しいご飯をありがとう、ってお礼を言っていましたよ。
それとちゃんとした応対が出来なくてごめんなさいって。

いのの言葉に二人の男はさっと顔を青くした。
おもむろに立ち上がるといのに菫さんの護衛をしててくれとだけ告げ別々の方向へ飛び立つ、いや…瞬身していく男たちをいのは目を白黒させながら行ってらっしゃいと見送ったのだ。



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