朝起きると、スマホに実家の母からのメッセージが入っていた。

《大変!ミツルが就職活動に疲れて、インドで修行僧になると言っています》

添付された写真では、大学生の弟が頭を丸刈りにして、オレンジ色のTシャツにオレンジ色のハーフパンツ姿で座禅?を組んでいる。

「…なにこれ?」

思わず漏れた言葉をそのまま文字にして母に送る。
そのまま起きだして歯を磨いていると、スマホから着信音が鳴った。
母からの返信だ。

《嘘!エイプリルフールだよ♪》

その文字を見て、思わず吹き出す。

実家の母、といっても、同じ都内に住んでいる。
ただし、私の実家は都心部から電車で一時間半ほどかかるため、通勤に不便なので一人暮らしをしているのだ。
10年前に父を亡くしてから母と自分と弟と三人で頑張ってきただけに、一人暮らしを始める時は気が引けた。
けれどこの仕事は、呼び出しがあればなるべく早く登庁しなければならない。
何よりも、子供の頃からの夢を叶えた私を、家族は応援してくれた。
そして今は、弟が夢を叶えるために頑張っている。

「ミツルも、就職活動がんばれよ、…っと」

母親宛てに送ったメッセージは、家を出る頃、弟本人から返信があった。

《オウヨ!》

添付された写真では、弟は就活スーツに身を包んで笑っていた。



登庁して自分のデスクに着くなり、上司である目暮警部に声をかけられた。

「みょうじ君、先ほど部長から内線があって、当庁したら部長室に来てほしいとのことだ」
「部長…ですか」

刑事部長といえば、私が所属する捜査一課長のさらに上だ。
部長室に入ったことなど数えるほどしかないし、ましてや個人的に呼び出されるなんて初めてだ。

「何かしたのかね?」
「いえ、そんなっ!」

そんなの私が一番聞きたい。
けれど、目暮警部はすぐに目を細めて言った。

「まあ、キミは優秀だからなあ。良い話だといいな」

そう言ってくださるのはありがたい。
目暮警部に会釈をすると、部長室へ向かった。


「失礼します。みょうじ巡査部長です」

部長室に入ると、絨毯のふかふかした感触が靴底に触った。
さすが、我々のようなヒラの部屋とは床からして違う。

「入りなさい」

部長がデスクに座ったまま、私を目で呼び寄せる。
どきどきしながら部長の言葉を待っていると、それは意外なものだった。

「みょうじ巡査部長。今日付けで、君の身分は公安部の預かりになる」
「…えっ?」

予想もしなかった言葉に、頭が真っ白になった。
なにこれ、エイプリルフール?
いや、刑事部長がこんな冗談を言うはずがない。

そういえば、聞いたことがある。
公安部への異動は選抜式で、ある日突然言い渡されると。
基本的には優秀な成績の者が選ばれるそうだから、私にとっては名誉なことなんだろうけど…

「異動ではない。あくまでも預かり、だ。正確に言うと、期限付きの試用だ。公には長期研修ということになっている。公安警察官としての適性がなければ今の所属に戻ってくることになるそうだ。ここまでで質問は?」
「期限付き…とは、いつまでですか」
「わからん。それは公安部の判断だ」

そこまで言うと、部長は椅子の背もたれに背中を預けた。
革張りの椅子がぎしりと音をたてる。

「これまで公安で期限付き試用とは、私は聞いたことがない。今回はあちらに何か思惑があるらしい。だから、詳しいことは私にもわからない。しかしなんにせよ、君の能力が評価されていることは間違いない。頑張ってくれ」

どうやら、刑事部長にも詳しい話は回っていないらしい。
ということは、この場で私が何か言っても、答えてもらうことも、この話を断ることもできないということだ。
それならばここに長居は無用。
私は、部長に敬礼して部屋を後にした。

…公安。公安か。

能力が認められたというのは喜ばしいことだ。
私にだって、野心や出世欲がないわけじゃない。
手前味噌ながら、警察学校の成績も優秀だったという自信がある。
それでも、公安に行きたいなどとは考えたこともなかった。

「…やっていけるかなぁ」

ぽつりと零れた呟きは、静かな廊下に吸い込まれて消えていった。



  
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -