さて。
警視庁職員でも限られた人物しか足を踏み入れないであろう、公安部にやってきた。
男性が多く、比較的ピリピリした雰囲気であるという点では捜査一課に通じるものがあるが、公安部の雰囲気はまた異質だった。
当然と言えば当然か。
公安が相手にしているのは"国家の安全と秩序を脅かす"もの。
守るべきは「人」ではなく「国」なのだ。背負っているものの重さがひときわ重い。
私はここでやっていけるのだろうかと、固唾を飲む。

庶務に顔を出すと、すぐに公安部長室に連れていかれた。
何やらものすごい威圧感を放つ人に「まあ頑張れよ」的なことを言われて、その後はデスクに案内されて「ここで見聞きしたことは一切他言しません」的な誓約書を何枚も渡されて、結局私がなぜ異例の「公安預かり」という立場になったのかは未だ謎のままだった。

そして、デスクに案内され周囲に紹介された時の「何だこいつ」感はすごかった。
おそらく私が最年少、そして女性は一人もいなかった。
いかつい男性の中に一人いる私は、さながら「お父さんの職場にお弁当を届けに来た娘」くらい浮いていた。

「書けたか?」

様子を見て声をかけてくれる――この人は確か、主任の風見警部補。
この人は、私を見ても「何だこいつ」という顔をしなかった。
前もって何か聞いていたんだろうか。

「はい」
「じゃあ、次はこっちだ」

部屋を出て、風見さんは行き先を告げずに歩いていく。
誰かに挨拶に行くのかと思ったけれど、どんどん人気のない方に向かっていく。
どこまで行くのだろうと訝しく思っていた頃、資料室の前で足を止めた。
風見さんは、資料室のドアに鍵を差し入れて中に入っていった。

資料室の中に入ると、びっしりと並んだ大量のスチールラック。そしてそこには大量のファイルが収められている。
背表紙を見るに、これらすべて事件資料なのだろう。
公安が扱った事件資料など、警察の中でもトップクラスの秘密事項に違いない。
背表紙に書かれた事件名に目を奪われている時だった――

「みょうじ巡査部長か」

風見さんのものとは違う、まろやかな低い声だった。
目を向けると、入った時には気づかなかったが、部屋の奥に人がいた。
およそ警察官には見えない髪の色、そして顔立ち。
しかし、こんなところにいるくらいだ、関係者には違いない。

「みょうじ。こちらが君の教育を担当する、降谷警視だ」

けっ、警視!?

思わず声が出そうになったのを、すんでのところで我慢した。
だって、目の前の人は私と同年代にしか見えなかったから。
キャリア組の人だって、警視になるのは30歳前後だ。
しかし、キャリアの警視が私のような者について直接教育することなどありえない。
この人が見た目より若く見えるのだとしても、異例のスピードで昇任したであろうことは容易に想像できた。

「なんだ風見、僕のことは話してなかったのか。彼女、すごく驚いているぞ」
「話す前に降谷さんから招集がかかりましたので。まあ、降谷さんを見てどういう反応するのか楽しみでもあったんですが」
「お前も人が悪いな」

降谷警視は苦笑して、私に向き直る。

「君の教育を担当する、降谷零だ。よろしく」
「よろしくおねがいします」

敬礼しようとしたが、その前に右手が差し出される。
その手を握ると、降谷警視は静かに微笑んだ。

「君にはまず、僕が担当した事件の資料を読んでもらう。それを読めば、君に期待されている役割を少し理解してもらえると思う。その後は、実際に僕とバディを組んで動く。そうなったらなかなかハードになるだろうから、しっかり体力を蓄えておくこと。いいな?」
「はい」
「風見、後は任せた」
「わかりました」

風見さんが私を見ても「なんだこいつ」という顔をしなかった訳がわかった。
彼はきっと、もともとこんな風に規格外の人と一緒に仕事することに慣れていたのだ。

降谷さんが去った後、風見さんはラックから何冊もの資料を選び始めた。
きっとこれが降谷さんの言う捜査資料なんだろう。

「…降谷警視って、すごくお若いんですね」

私が言うと、風見さんは一瞬だけ視線を私の方に向けて言った。

「最初に言っておくが、見た目で人を判断するべきではない。降谷さんは、私が知る中でも一、二を争う恐ろしい人だ」
「…そんなに?」

独り言にも似た私の問いかけに、風見さんは答えなかった。
その代りに分厚い資料ファイルを私に手渡す。

「これを読めば、降谷さんの恐ろしさが少しはわかる」
「重っ…」
「降谷さんが組織に潜入捜査をしていた期間は5年以上だ。その分資料も厚くなる」
「潜入捜査に5年て、長いですか?」
「民間企業ならともかく、犯罪組織に5年は長い方だろうな。一体どれほど精神を削られることか…」

そこまで言うと、風見さんは正面から私に向き直った。

「私も降谷さんと仕事をして長いが、バディを組むなんていう話は一度も出たことがない。君は期待されているんだろう。正直、羨ましいのが半分、気の毒にという気持ちが半分だ」

風見さんは真顔だった。

「死ぬなよ」

その言葉は、やけに重々しく響いた。

…私、もしかしてとんでもないところに来てしまった?



  
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