「お前さん……!」 仁王は柳と柳生の姿を見て目を見開くが一瞬の事で、直ぐに薄笑いを浮かべて曰った。 「へぇ。跡部の次は俺で、そして今度は柳に乗り換える気か。とんだ尻軽女じゃのう」 「そんな、私は……」 すると柳は仁王につかつかと歩み寄り、その頭に拳を振り下ろした。 「がっ!!――何するんじゃ、柳!」 「仁王くん、止めて!!柳君も突然何を!」 柳の胸倉を掴んだ仁王を柳生は慌てて引き離した。 「仁王くん、大丈夫……」 「触んな」 柳生と目を合わせることもなく、仁王はその手を振り払った。 「……ヒロ。お前は先にフロアに行って皆を手伝ってくれ。お前のことは女子部二年の原涼香に頼んであるから声をかけるといい」 「でも、柳君!」 「いいから行ってくれ。俺は仁王と少し話をしてから行く」 柳生は柳としばし睨み合うも彼に折れる気配はなく、柳生は判りました、と渋々頷いた。 「その代わり、決して傷付け合わないと約束して下さい。あと……柳君、例の」 「ああ、判っている。約束しよう」 「……」 無言の仁王をちらりと伺い、お願いしますと頭を下げ柳生は控え室を後にした。 「仁王。俺の言いたいことは判っているな?」 「……」 「比呂士を傷つけるな。あれの性格は判っているだろう?何処までも真っ直ぐで一途だ。他に気移りするような娘ではない」 「判らんよ、そんなの。だってアイツは俺の知らんところで女の格好をして他の男と居った。今だってお前さんと抱き合って……」 「どういう経緯で氷帝の女を名乗る羽目になったのかは知らんがあの跡部の事だ、おそらく面白がって無理矢理ああいう格好をさせたに違いない。深い意味はなかろう」 「だったら何故俺に柳生だと名乗らない?」 「お前が名乗りづらくしたんだろう。比呂士はお前に自分が柳生であることを伝えるなと言った。女の自分は嫌われているから、自分が柳生だと知られたら柳生の自分まで嫌われてしまう、と泣いた」 「本当かのう」 「真実かどうかはお前が一番判る筈だが」 柳は溜め息をついた。 「比呂士はお前が思っている以上にダメージを受けている。ちょっとやそっとの事ではへこたれない気丈な奴だが、お前の事となれば話は別だ。惚れ込んでいる分、お前の一言一言は彼女にとって非常に重い」 「俺の口が悪いのは良く判ってるじゃろ。そこら辺差し引いて考えていると思うがの」 「逆だ。確かにお前は口も態度も悪いが、比呂士に対しては優しかっただろう?それが今日はあの態度。跡部ヒロを名乗っているが、中身は柳生比呂士だ。『優しい仁王くん』に慣れているだけにショックも大きかったようだ」 「……」 仁王は無言で柳の横をすり抜け、控え室の扉に手をかけた。 「お前がいつまでもそんな調子だと比呂士は手の届かないところへ行ってしまうぞ。現に、恋人としてお前の隣にいることを殆ど諦めている。しかしお前が今まで努力してきたのを俺たちは知っている。だからお前たちをこのまま終わらせたくないんだ」 「……」 「魔女の呪いをお前は解いた。なのにお姫様を引き隠らせてどうするんだ?王子様」 「……あのさあ。隅っこで体育座りとか止めてくれる?俺が丹精込めて作ったスイーツが湿っぽくなるだろぃ」 「ブンちゃんひどーい。親友じゃなかったの俺ら」 「何ソレ胡散臭い」 仁王は柳と別れた後、フロアに行く気にもなれず調理場で膝を抱え蹲っていた。 「また比呂士絡み?」 「……」 「さっき跡部の従姉妹に会ったぜ。スタイル抜群のスッゲー美人じゃん。お前が連れてきたんだって?」 「……」 「つーかアレ、比呂士だよな」 「……わかる?」 「判らないのは真田くらいだろぃ。ビックリしたぜ、意外と胸デカいのな」 「おん。Eカップくらいの感触だったぜよ」 「触ったのかよ!」 「前、裸で抱きつかれたの」 「どーゆーシチュエーションだったんだよ、ソレ」 丸井はオーブンからホールケーキを取り出した。そして一人分切り分けるとそれに生クリームを乗せて仁王に渡した。 「ココアのシフォンケーキだぜぃ。そんなに甘くないからイケると思うけど」 「……あんがと」 仁王はがぶりとケーキに噛み付いた。 「うまい」 「当然だろぃ」 「柳生にも食べさせたいぜよ」 「ふ。お前本当に比呂士大好きなのな」 「おん。好き」 ぽつりと仁王は呟く。 「だから俺の知らないところで他の男と一緒にいたのが許せなかったの。俺が一番好き!って言ってたのに女の格好をして奴らとデートとか、そんな、柳生さんは俺のなのに、どうして」 「……」 「柳生を信じていない訳じゃなか。だけど、それをニコニコして許せる程軽い想いじゃないの。だから柳生だって気付かないふりして地味でパッとしない、好みじゃないって言った。柳に傷つけるなって窘められたけど、でも、それが恋ってもんじゃろ?」 「……んー、そうだな」 丸井は冷蔵庫に寝かせておいたパイ生地を取り出しながら言った。 「柳は大人だし余計な手間は掛けない人間だからそう言うんだろうぜ。それを仁王に押し付けるのはちょっと違うと思う。こればっかりはその人の愛し方だからなあ」 「流石ブンちゃん!!話わかる!」 「で、その後ちゃんと比呂士に謝ったか?」 ブンブン、と仁王が頭を振ると、丸井はゴン!と仁王の頭上に拳を落とした。 「あ、しまった。手ェ汚れたわ。消毒しなきゃ」 「ヒドいブンちゃん!俺さっき柳にも打たれたばかりなのに!!ばかになったらどうするんじゃ!」 「安心しろぃ、これ以上ばかに成り得無いくらいばかだから」 手間のかかる奴め、と丸井はこめかみを押さえた。 「――お前、修学旅行で比呂士が先に帰った時、『柳生を喜ばせたいのに上手くいかない』って嘆いてたよな。でもお前の今やってることは丸で正反対だ」 「……」 「今のお前に足りないもの、教えてやるよ――言葉だ。お姫様は王子様の愛の囁き一つで簡単に扉を開けてくれるんだよ」 嫉妬したと、素直に言いな。そしたら比呂士は喜んでくれるぜぃ、と丸井はニヤッと笑った。 「仁王先輩!あの跡部の従姉妹って人、何者でヤンスか!?」 丸井に調理場を追い出され、仁王が仕方無くフロアに向かっていると一年の浦山しい太に声をかけられた。 「仁王先輩と柳先輩がいなくなって混乱していたフロアスタッフに『落ち着きたまえ!』と一喝してまとめあげちゃったでヤンスよ。最初は跡部さんの回し者だって反感を抱いていた先輩方もいたでヤンスが、その働きぶりに皆感服して今やフロアを仕切ってるでヤンス。その後柳先輩が帰って来たでヤンスがヒロさんの仕切りに安心して、青学の奴らから応援を頼まれていた戦隊ショーに行ったでヤンスよ」 しかし誰かに似てる気がするでヤンス、と浦山は首を捻った。 「ふーん……」 そこに突然、長身の女生徒が慌てた様子で走ってきた。 「原先輩。どうしたでヤンスか?」 「浦山君……仁王先輩!!良かった……」 原は仁王の姿にホッとした表情を見せ、その両腕を掴んだ。 「仁王先輩……一緒に来て下さい。ヒロさんが、大変な事に……!」 三人がフロアに到着すると、フロアスタッフが一斉に振り返った。 「仁王先輩、あれ……!」 原がある一角を指差す。そこにはいかにも柄の悪そうな男たちと柳生がいた。 「ナンパです。さっきからヒロさん、丁重にお断りしているのですがしつこくて。男性スタッフも止めに入ったのですが聞き入れず……他のお客様もいる以上、手荒な事も出来ずどうしようかと困っていたところでした」 「……ククッ」 「仁王先輩?」 眉をひそめる原の肩を叩き、仁王はその集団に歩み寄った。 「申し訳ありませんが仕事がありますので」 「一人くらい抜けたっていいんじゃね?遊びに行こうよ、ヒロちゃん」 「遠慮します」 「そうツレないこと言わずに付き合ってよ。俺ら、ヒロちゃんに一目惚れしちゃったのよん」 「私、殿方には興味ありません」 「ツンツンしちゃって、そんな所も可愛い〜」 と男の内の一人が柳生に手を伸ばした、その時。 「仁王くん!?」 仁王が背後から柳生の身体を抱き寄せた。 「困ったもんじゃのう、俺の姫さんは。あちこちで男を引っ掛けおって……このデカパイが惑わせるのかのう?それともこの美味しそうな太ももかのう?」 「ひやぁあああ!?」 胸を揉まれ更にスカートの中の内股を撫で上げられ、柳生は悲鳴を上げた。 「悪い子にはお仕置きが必要ナリ」 「にお……んんっ!?」 周りが呆気に取られる中、仁王は柳生の唇に深いキスを落とした。誰にも渡さんぜよ、と呟いて。 |