「切原、只今戻りました!コレ、頼まれていたブツと、あと途中で仁王先輩拾ってきたっス!!」
「お帰り赤也。バンドの準備で忙しかったのに悪かったな」

柳は赤也の髪を撫で、赤也はくすぐったそうにクスクス笑った。目の充血も改善している。以前柳君にばかり懐いてずるい、と言ったら柳さんはアンタらと違って俺を苛めないっスからね!と返されてしまった。どの口が言ってるんですか?と首根っこを掴んだら柳に宥められたが。

(やはり柳君はずるいです)

ともあれ、本当に忙しかったらしく、

「じゃあ俺行くっス!」

と手を振り、赤也はあっという間に去っていった。



立海模擬店は食事時だということもあって、客で満席になっていた。その中を男女テニス部有志が慌ただしく働いていた。

「で、女連れで何やってたんだお前は」
「遊んでいた訳じゃないぜよ。このVIPのお嬢様を案内していたナリ」
「VIP?」
「跡部の従姉妹じゃ」
「初めまして。跡部ヒロです」
「ほう……初めまして。俺は立海の柳蓮二だ。宜しく」

柳は右手を差し出し、柳生はその手を取った。値踏みするかのような鋭い視線に、柳生の額に嫌な汗が滲んだ。

――やっぱり立海のテリトリーに踏み入れるのはマズかったでしょうか……でも、

「お店、忙しそうですね」
「ああ。喜ばしいことにな」
「あの、差し出がましいかもしれませんが、宜しければ私にお手伝いさせて頂けませんでしょうか」
「……氷帝の君が?」
「ええ。私が仁王くんを束縛していた為、立海の皆様に大変御迷惑をお掛け致しました。ですから、罪滅ぼしも兼ねてお手伝いしたいのです」

――と言いますか、私が参加出来なかった事に対する罪滅ぼしなのですが。

「ヒロ、お前さん見学に来たんじゃろ?そげなことせんでええ!もっと面白い所に案内しちゃるけん……」
「有難うございます。ですが、お気遣いは無用です。それに私もお祭りに参加したいな、と思っていたんです」

(全く貴方って人は!私をダシにサボるおつもりでしょうけど、そうはいきませんからね!!)

「その通りだヒロ」
「だから人の頭の中を勝手に読まないで下さいってば柳君」
「という訳だ。残念だったな、仁王」
「……プリ」
「だが悪いことばかりじゃないぞ。もれなくああいう格好をしたヒロが見られる」

と、柳は店内を指差した。

「ピ、ピヨ!!」
「あっ……」

――そうでした、立海模擬店のウェイターはバーテン服、ウェートレスは……










コンコン。

「入っていいか?」
「ええ。もう着替えましたから大丈夫ですよ」

ではお邪魔する、と柳は控え室に入った。

「ふむ、やはり少々サイズが小さいようだな。胸ははち切れんばかりだし、スカート丈も最早マイクロミニだ……計算通り。貞淑な中身とエロティシズム漂う外見で男共にバカ受け間違いなしだ」
「バカ受け、って……」

――私、時々貴方って人が判らなくなります柳君。

髪は白いリボンでおさげに括られ、頭の上には同じく白いフリルの付いたホワイトブリムが装着された。そして大きな襟のついた黒いワンピースにフリルがふんだんにあしらわれている白いエプロンを組み合わせた、所謂エプロンドレスに黒いガーターベルトとストッキング。

「まさかメイド服を着る日がくるとは思いませんでした……」
「そう暗い顔をするな比呂士。似合っているぞ」

柳はニヤリと笑い、柳生は溜め息をついた。

「……はい、何となく柳君には隠せない気がしていました。しかし私が柳生比呂士だと他に広まれば身の破滅です。申し訳ありませんがこの事は内密に。氷帝の跡部君と忍足君以外は知りませんから」
「仁王は気付いていないのか?」
「ええ。近くにいる人間ほど案外気付かないものかもしれませんね」

(私の思っている程『柳生比呂士』にも興味を持っていないのかもしれませんが)

「……比呂士?」
「あっ、すみません、ちょっとボーっとしてしまって。あの、私にとっても知られない方が都合が良いので、仁王くん含め立海の皆にも内緒にして下さいませんか?」
「ああ、お前がそう言うならそうしよう――しかし計算外だ。お前たちの間に秘密はないと思っていたが」
「?」
「お前たちは恋人同士ではないのか?」
「!!」

柳の言葉に柳生は目を大きく見開いた。

「そんなに驚く事か?」
「ええ。今まで考えたこともなかったので」
「俺も驚いたぞ。事ある毎に一番好き好き大好き言い合って接吻までしている仲なのに」
「ちょ!なんでそんな事まで知ってるんですか柳君!!」
「この柳蓮二、敵だけでなく味方の情報も逐次集めているからな」
「怖いですウチの参謀……」

そして柳生は自嘲するような薄笑いを浮かべた。

「違いますよ柳君。私たちはあくまで親友同士です。現に仁王くんはこの姿の私を見て地味でパッとしない、好みではないと言い切りました」
「そうか……それは悲しかったな」
「……悲しい?」
「ああ」

――そうです、私……っ

「……私、制服姿を仁王くんに一番見せたかったんです。頬を染めて照れながら綺麗、可愛いって褒めてくれるかな、喜んでくれるかな、もっと好きになってくれるかなって想像するだけで幸せな気持ちになれました。なのに全て否定されて……勝手に期待して、本当に馬鹿みたい……!」

柳生は柳の胸に縋りつき堰を切ったようにわんわんと鳴き始めた。柳は柳生が泣き止むまでずっと背中を撫でてくれた。

――悲しかった。とても悲しかったんです……!










「落ち着いたか?」
「ええ、有難うございます。服を濡らしてしまってすみません」
「問題ない。直ぐ乾く」

そう言って柳は柳生の目尻に溜まった涙を掬った。

「――柳君。ずるいなんて言って御免なさい」
「何だ?藪から棒に」
「切原クンが貴方に懐く理由が判りました。貴方は人の機微に敏感で優しい――私のモヤモヤして苦しかった気持ちに気付いて下さって、私、これ程貴方が友人で良かったと思った事はありません」
「そうか。良かった」

柳に頭を撫でられ、柳生は切原クンと同じ扱いなんですね、と笑った。

「……柳君、お願いばかりで申し訳ありませんが、仁王くんには私が柳生であることを仰らないで下さい。彼に良い印象を持たれていない私が柳生だと知れば、柳生まで嫌われてしまうかもしれません」
「それはないと思うが?」
「でも、嫌いとまでいかなくても今までみたいに手放しで好きでいて下さいますでしょうか」

ズ、と柳生は洟を啜った。

「私、仁王くんが好きです。仁王くんの傍にいたいんです。だから、少しでも嫌われる要素は無くしたいんです」
「……けなげだな、比呂士は」

そして柳は柳生の肩をそっと抱いた。

「柳君?」
「心配するな。お前の恋は上手くいく」

――……恋?

「お前と仁王が結ばれる確率、100%だ」

――私が、仁王くんに、恋?

「? どうした、比呂士――」
「――柳!そろそろフロアの仕切り、変わってくれんかのう。面倒臭くてかなわんっ……!?」

バタン!と派手な音を立てて控え室のドアが開かれた。そしてそこに飛び込んできたのは。

――におう、くん……




   



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