――公衆の面前で何ということを!!……でも、あの、





「今度は比呂士か。此処は駆け込み寺じゃねぇつーの」
「……なんか、私の正体普通にバレてますよね」

柳生が調理場の奥に逃げ込むと、ボウルを抱えた丸井が現れた。丸井は柳生が座り込んでいる場所は少し前まで仁王がいた場所だ、お前ら何シンクロしてんだよぃと笑った。

「仁王に何かされたのかよ」
「! 何故判るんですか!?」
「顔、真っ赤にしてニヤけてるから」
「に、ニヤけてなんかっ……」

柳生は反論しようとしたが、途中でその言葉を止めた。

「それって私が顔を赤くしてニヤけていたら仁王くん絡みだっていう判断でしょうか」
「まーな」

――そうなんですか。それはいけません、でも、あの、やっぱりそうなんでしょうか、嗚呼!!

「おーい比呂士ぃ、戻ってこいよー」

顔を赤くしたり青くしたり百面相し始めた柳生の眼前に丸井はひらひらと手を翳した。

「丸井君!!」
「うお!いきなり戻ってきた!!……何だよ?」
「私、仁王くんに恋してるように見えます?」
「は、はあああ!?」
「あっ、変な質問ですよね!すいません、失言でした!!」

顔を耳まで赤く染め、両手をブンブン振って忘れて下さい忘れて下さいと柳生は涙目で言った。

「何かあったのかよ?」

まあ話して見ろぃ、と丸井は手に持ったボウルをテーブルに置くと、柳生の目の前にしゃがみ込みその顔を覗き込んだ。

「あ、あの、お仕事を続けて下さい!」
「いいって。作り置きしてるだけだし。で?」

邪魔をする訳には参りません、と尚も恐縮する柳生に丸井はい・い・か・ら!と続きを話すよう促し、柳生はすみません……とポツポツと話し始めた。

「私が仁王くんに恋してると、柳君に指摘されたんです」
「へぇ。それはまた……」
「私、お恥ずかしながら今まで誰かに恋したことはありませんでしたし、ましてや仁王くんに恋してるだなんて考えたこともありませんでした」
「……俺、今なら仁王に優しく出来そう……」
「? 何故ですか?」
「あ、いや、うん、続けて」

涙出て来ただろぃ、と丸井が目尻を押さえると、柳生は変な丸井君。と首を傾けた。

「恋と言われてもピンと来なくて。確かに私は仁王くんが誰よりも大好きで、大切でかけがえのない方だと思っています。でも恋って?」
「ソ、ソーデスネ……」
「考えても結論が出なかったので後で考えようと思ったんです。フロアに戻ったら指令系統がもうめちゃくちゃで、それどころではありませんでしたし」

でも、と柳生は少し躊躇ってから、頬をほんのり染めて言った。

「私、仁王くんに胸を揉まれてもスカートの中を弄られても嫌じゃなかったんです」
「……おい待てソレどういう状況――!?」
「逆に仁王くんの大きな手の感触とか、襟足にかかる暖かな息だとかが心地良くて、身体がぼおっと火照……」
「はあ!?まさかもう仁王に犯られちまったのかよ比呂士!!?」

興奮し思わず柳生の両肩を掴んだ丸井に柳生は怪訝な顔をした。

「犯られる?」
「だから、その、仁王のモノ、挿れられたか、っていう……」
「ああ。はい、挿れられました。前回は初めてだったので上手く受け入れられなかったのですが、今回は……」
「うわああ恥ずかしいことを平然と話すなばか!!」
「ばか!?私がばかですって!!?」

――丸井君から口腔内に舌を挿れられたかどうか聞いてきたのに恥ずかしいって!貴方が言わせたんじゃないですか!!しかもその上ばか!この私をばかですって!?

柳生は肩をワナワナと震わせ目を剥くが、丸井は重ねて

「そうだ、ばかだろぃ!!」

と曰った。

「ま、またばかって……!許しませんよ丸井君!!」
「じゃあ何だ?娼婦か!?誰にでも身体を開くのかよお前は!!?」

そう言うと丸井は柳生の胸をむんずと掴んだ。

「ひっ!?」

柳生は真っ青になってその手を払い、丸井はニヤリと口の端を吊り上げた。

「判っただろぃ?」
「……」

丸井も大事な友人で大好きだと思う。だけど胸を触られて良い気持ちはせず、申し訳ないが正直ゾッとした。そして浮かんだのは仁王への不貞の念。

「……ごめんなさい、仁王くん、私、貴方を裏切った」
「え?」

――ずっと一緒だと、同じ気持ちだと誓ったのに。どうしよう、私の『好き』は恋心になってしまった。ごめんなさい。ごめんなさい仁王くん。貴方は私を親友だと思って下さってるのに。私もそう思っていると信じて疑っていないだろうに……これまでの私のように。

「比呂士……なんでそんな顔して泣くんだよ……?」

一番恋心を抱いてはいけない人だったのに。なのに私、貴方に――



生まれて初めての恋をしてしまいました。











「――仁王先輩ったら、後ろからヒロさんに抱き付いてキスしたんでヤンスよ。そしたらヒロさん、『破廉恥な!!』と仁王先輩を殴って調理場の奥に消えたでヤンス」
「ほう……」
「どうしたらいいでヤンスか柳先輩〜〜っ!!もう30分以上経ってるし、きっとあまりのショックにフロアに出て来れないでヤンスよ!」
「そうかのう?大したことはしてないと思うがの」
「どこがでヤンスか!胸揉んだりスカートの中に手を入れたり、しかもキス!ディープでヤンスよ!?」
「おん。良く見とったの」
「見とったの、じゃないでヤンスよこのエロ魔人!!あの清らかなヒロさんがこんなワルに誑かされて、ホント可哀想でヤンス!」
「それについては同意見だ。何でこんな男にあのヒロが」
「俺の顔を見てしみじみと溜め息をつくのは止めてくんしゃい参謀」
「そうか、顔か」
「顔だけはイイでヤンスからね」
「プリプリ――!!」
「そんな事を言ってはいけませんよ。これでいて良いところもあったりなかったりするんですから」
「「ヒロ(さん)!!」」
「なかったり、ってフォローする気はないようだな」

柳生が調理場から戻ると、浦山と仁王が柳に先程の件を報告していた。

「柳君、フロアを投げ出してすみませんでした」
「お前が謝る必要はない。全て仁王が悪いのだ。寧ろ謝らなければならないのはこちらの方だ……すまなかったな。大勢の前でショックだっただろう」
「ピヨ」
「こら。きちんと謝れ、仁王」
「いえ、仁王くんは私を助けようとして下さったのですから謝罪なんて、そんな」
「ヒロ……」

柳生はニコリと笑って仁王の両手を取った。

「有難うございます仁王くん。お陰で助かりました。どうやってお誘いをお断りしようかと、考えあぐねていたところだったんです」
「おん」

すると仁王は微笑んで言った。

「俺、お前さんの彼氏じゃけん、当然じゃ」

――彼氏……

「……そうですね」

――仁王くんは『跡部ヒロ』にナンパされ、受け入れて下さいました。好みから外れているにも関わらず、本当に優しい方です。その優しさに甘えて今日だけ貴方に恋する私でいていいですか。明日からは貴方の信じる私に戻りますから。貴方から親友を取り上げることはしませんから。それに、私も恋心を晒して貴方を手放すのは嫌です。傍に居たい、それがどんな形であっても。

何でもしますから、この初めて芽生えた恋心だって殺しますから、どうか貴方のお側に。




   



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