「ヒロ、あの、」
「宍戸君は本当に素直な方ですねぇ。私の口車に乗せられて貴方のペテンを受け入れてしまった――貴方は本当に騙して喜んでいただけなのに。馬鹿な奴、と裏でほくそ笑んでいたのに」
「……」
「そう思いますよ。だから、格好悪いとかダサいだなんて思わないで下さい。貴方はカッコいい詐欺師です」

ニッコリ笑って曰う柳生に、仁王は肩を竦める。

「それこそ嘘じゃろ……本当にお前さんには敵わないのう」
「はい。仁王くんが私に勝とうなんて十年早いです」

すると仁王は突然足を止めた。

「仁王くん?」
「お前さん……跡部を下の名前で呼んでたな」
「はい。従姉妹ですからね」

実は先程跡部君、と言いかけたのだが、苗字が同じなのにそれはおかしいだろうと柳生は慌てて景吾君、と訂正していた。

「それがどうかしましたか?」
「……雅治」
「えっ…」
「俺のこと、雅治って呼ぶぜよ!」
「なんですか、それ」

柳生はプッと吹き出した。

「何故笑うんじゃ!」
「いや、随分子どもっぽい嫉妬だなと思いまして」

と言って柳生はハッとする。

――今の私は『跡部ヒロ』でした。仁王くんの甘える『柳生比呂士』ではありませんのに、嫉妬なんてする筈が……

「――そうじゃ、嫉妬ぜよ!お前さんは俺の彼女じゃろ!?他の男を名前で呼んで、俺は苗字ってどういう事ぜよ!!」

しかし仁王は柳生の肩を掴んでハッキリ言った。

「彼女、ですか……?」
「おん」

――そうか、ナンパということは仁王くんは私の彼氏で、私は仁王くんの彼女な訳ですね……

本当に仁王くんは優しい方です。好きでもない私にこんなにも良くして下さる、優しい詐欺師さん。私に向けられる愛の言葉は嘘だと判っていても――

「……騙されたい、なんて思わせるところが貴方の詐欺師としての才能であり、それ故に成功率も高いのでしょうね」
「ヒロ?」
「――何でもありません」

柳生は仁王にニコ、と笑いかけた。

「行きましょう、雅治くん」
「お、おん」
「……」
「……」
「思ったより照れますね、コレ……」
「そうじゃのう……」











「何だあいつら。道の真ん中で向かい合ったまま動かなくなったぜ?」

去っていく二人を見送っていた宍戸は呆れた声で言った。

「二人とも顔を真っ赤にして、可愛いですね」
「通行人にガン見されてるぜ……ったく。ちょっと注意してくらあ!」
「止めときましょ、宍戸さん。野暮ってモンですよ?」
「でもよぉ……」

しかし宍戸は気になるようで、ブツブツとごねている。そんな宍戸を見て鳳はくすりと笑った。

「そんなに構うなんて。もしかして惚れました?」
「あ!?な、何言ってんだ、長太郎!!」

顔を真っ赤にして慌てる宍戸が可笑しくて鳳はもっとからかいたくなったが、これ以上苛めると機嫌を損ねそうだったので止めておくことにした。

「心配してるんですよね?本当に優しいなあ、宍戸さんは」
「べ、別に優しくなんか……あんな見るからに世間を知らなさそうなお嬢様が詐欺師について行けば誰だって心配するだろ!」
「大丈夫ですよ、宍戸さん。彼女、本当に我々の事を良く知ってるみたいですから」
「へ?」
「だって彼女、名乗っていないのに宍戸さんの名前知っていましたよ?更に性格までね」

あ、と宍戸は声を漏らす。

「仁王さんの事もよく知った上でああ言ってるんだと思います。見て下さい、彼女」

鳳は二人を指差す。

「必ず仁王さんの右に立つんですよ。おそらく仁王さんが左利きだと知った上での配慮です。知り合って一刻経つか経たないかなのにそこまで把握し認識し自然に対応出来るとは思えません」
「へぇ。跡部が教えたのかな」
「……従姉妹じゃなくて、多分あの人――」
「へ?」
「いや、何でもありません」

早くイベント会場に行きましょう、向日先輩たちのダンスショー始まっちゃいますよ!と鳳は宍戸を促した。




   



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