柳生は仁王に手を引かれ店を出た。天気は快晴、学園内は溢れんばかりの人でどこも大いに盛り上がっていた。

「俺は立海の仁王雅治ナリ。宜しくな、ヒロ」
「!!」
「どうした?」
「いえ……」

――下の名前で呼ばれると、ドキドキしますね……

しかしどうしましょう。柳生だと名乗りそびれてしまいました。と、言いますか……

『好みじゃない』

――名乗れる訳、ないじゃないですか。『柳生比呂士』まで否定されたら、私は……

「――仁王!」

突然背後から怒気を孕んだ声で呼び止められた。

「ああ、お前さんか」

振り向くと宍戸と、そして鳳が立っていた。

「てめェ、さっきはよくも騙してくれたな!!」

絶対に許さねェ!と息巻く宍戸を仁王はフフンと一笑した。

「騙してなんかいないぜよ?重要な話があるって言っただけじゃ」
「何が重要な話だ!あんな合コン紛いの企画に参加させやがって!!」

――何となく話が見えてきました。仁王くん、さては宍戸君を騙してショッキングカップルとやらに出場させましたね?宍戸君は硬派な方ですから、それはそれは腑煮えくり返った事でしょう。

「ったく、二度とお前の口車には乗らねェからな!……っと、」

そこで初めて柳生に気付いたようで、宍戸はチッと舌を鳴らす。

「何だ、女連れかよ……ってその制服、ウチの生徒かあ!?」
「失礼ですが、お見かけしない顔ですね。幾ら氷帝がマンモス校だと言っても、これだけ綺麗な方だったら話題になりそうなのに」
「有難うございます。私、氷帝の生徒じゃなくて、跡部景吾の従姉妹なんです。跡……いや、景吾君にお願いして、今日一日だけ制服をお借りして見学させて頂いてるだけなんです」
「ああ、お前が岳人とジローが言ってたヤツか」

そして仁王を一瞥すると、

「そのお前が何で立海の詐欺師といるんだ?」

と言った。

「それは……」
「ナンパされたナリ」
「!? 貴方、何を言って……」

そう言いかけて柳生はハタ、と止まる。仁王はちょこんと首を傾げて問うた。

「違うの?」
「……違いません。違いませんとも」

――仁王くんにしてみれば、見ず知らずの女生徒に引き止められた訳ですから、ナンパですよね……

改めて何て事をしてしまったのだろうと、柳生は嘆き頬を赤く染めた。恥ずかしい。紳士である筈の私が、ナンパなんて。

「本当か?騙してどこかに連れていこうとしてるんじゃねェか?」
「信用ないのう」
「当ったり前だ。さっき騙されたばかりだからな」
「ふ。引っ掛かる方が悪いぜよ」
「――っ、野郎!!」

宍戸は柳生の腕を取り身体を引き寄せた。

「ヒロ!!」
「ちょ!宍戸君!!何を――」
「やっぱり仁王は信用ならねェ!――お前、逆ナンだか何だか知らないが、悪いことは言わねェ……コイツだけは止めておいた方がいいぜ。後で泣きをみるに決まってる!!」
「……」
「……」

宍戸の言葉に仁王は反論せず、表情も変えずにただじっと柳生を見た。柳生も仁王をしばし見つめ、そして微笑んだ。

「……宍戸君。私のことを心配して下さっているのですね」
「い、いや、別に俺は……跡部の従姉妹だからな。危ない目に合うのが判っていながら見過ごしたとなりゃ、跡部に合わせる顔がないからであってだな……」
「お優しい方なのですね。有難うございます」

そして宍戸の手を優しく解き、仁王の手を取った。

「仁王くんもお優しい方です。少々捻くれていらっしゃるので誤解されるだけで――宍戸君。貴方、あのイベントに出て悔しいだけでしたか?ちょっとワクワクしませんでしたか?」
「それは……」

言い淀む宍戸に柳生はふわりと微笑み、

「仁王くんは人を驚かせて喜ばせるサプライズがお好きなんです。貴方に不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。でも硬派で絶対こんなイベントに参加しないであろう貴方が出場して下さったお陰でイベントは盛り上がり、皆も楽しむことが出来たと思います。有難うございました」

と頭を下げた。

「……お前、仁王と今日知り合ったばかりなんだよな?」
「ええ。一刻経ったか経たないかくらいでしょうか。でもその間ずっと傍にいて、仕草や表情、言葉や行動で仁王くんは本当に優しい方なんだって判ったんです」

――何より私の我が儘にこうやって付き合って下さる。仁王くんであれば、もっと華やかで美しい女性を侍らす事も容易いでしょうに。『地味でパッとしない、好きでもない』私とこうして。

「くっ……」
「……宍戸さん。行かせてあげましょうよ」
「鳳!?」
「大丈夫ですよ、彼女なら」

鳳は宍戸の肩を叩き、柳生にニコリと微笑みかけた。宍戸は鳳と柳生を見、そして仁王を一睨みすると溜め息をついた。

「お前がそういうなら仕方ねェな………お前、携帯は?」
「あ……持っていません」

携帯は誰かといた時に鳴ったら正体が露見するだろうと跡部に取り上げられていた。

「ちっ。イザという時の為に俺の携帯番号を教えておこうと思ったのに」
「宍戸君……」

有難うございます、大丈夫ですから心配しないで下さいと柳生は宍戸に一礼し、それではごきげんようと仁王の手を引きその場を去った。




   



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