店の入り口に仁王が柱に手を付き気怠そうに立っていた。立海模擬店の制服であるバーテン服に身を包み、いつもゴムで無造作に括ってある襟足は解かれている。煌びやかな銀髪と光の入り具合によって黄金色に反射する瞳、それに甘いマスクが相俟って

――胡散臭さに磨きがかかりましたね……本当に中学生なんですかこの人。でも、

店にいた女の子たちが色めき立ち、何の御用でしょうか?と仁王に群がった。

――悔しいですが、カ、カッコいい、です。

ほんのり頬を桃色に染めた柳生の隣で跡部と忍足が何やら密談を始めた。そして二人はニヤリと笑うと、

「――おい、仁王!」
「こっちや!!」

と事もあろうか仁王をわざわざこちらに呼び寄せた。

「ちょ!跡部君!!忍足君!!」

柳生は慌てて席を立つ。

「おいおい、何処行くんや」
「だって仁王くんは賢い方です、絶対に見破られますって!私、心の準備がまだ……」
「よう、氷帝の跡部に忍足か。妙な処で会うのう」
「!!」

逃げる間もなく、仁王がこちらに気付き近づいてきた。

「まあ、妙な処なんて失礼やわあ」
「おう、小春もいたんか。この間は世話になったぜよ……で、そこで泣いてるのは一氏かのう?あ、これ、幸村からの伝言。お前さんとこの部長に渡してくんしゃい」

と、仁王は手に持っていたメモ用紙を金色に渡した。

「おおきに」

金色は笑顔でそれを受け取ると、ユウくん後でピーしてあげるからこれを白石に渡して頂戴、と一氏に預けた。一氏は顔を真っ赤にすると、奥へ一目散に駆けていった。

「悪女だのう、小春……」
「なあ自分、今ヒマですのん?やったら折角やし食べていかへん?私好みのイイ男やし、小春サービスしちゃう!」

CHU!と投げキッス付きで金色が仁王を誘う。

「フム。昼前から店が忙しくなるけん、何とか逃げれんかと思っていたとこじゃが」

(仁王くん、貴方やはりサボタージュするおつもりなのですね……!今の私が言えた義理ではありませんが、首根っこ捕まえて店に連れて行って差し上げたい……!!)

「なんやったら自分、此処座る?」
「!!」

空の席をトントンと叩く忍足を柳生はキッと睨む。忍足はそれをニヤリと笑って返した――絶対面白がってます、この人!

「そうじゃな……」

仁王はテーブルを見て、美味そうじゃしな、と言った。そしてとうとう目線が合い、柳生は緊張で凍りついた。

――何やってるのやーぎゅ、と笑われるでしょうか。は、恥ずかしい……!

しかし、

「誰?」

――……気付かない?

仁王の反応は予想を覆すものであった。

「跡部の従姉妹や」
「ふーん……名前は?」
「あ、跡部ヒロ、です」
「――そう。」

すると仁王は更に冷たい目をして言い放った。

「地味な女。」

――え、今、なんと……

丸で冷や水を頭から被せられたようだ。倒れそうになる身体を柳生は必死で抑えた。

「お前さんにしてはパッとしない女を連れてるのう、と思ったが従姉妹か。成程な」
「フン、庶民が。この清楚さが好いんだよ」
「そ。ま、何にせよ俺の好みじゃないぜよ」

キッパリと言い切られ、柳生は絶句するしかなかった。

――手放しで褒めてもらえるとは……全く思っていなかったと言えば嘘になりますが、それでも少しは可愛いと思って下さると期待していました。それなのに……

自然と目尻に涙が溜まる。スカートの裾を握り締め、柳生は泣くのを堪えた。

――私、馬鹿みたいです。気に入って下さるだろうって勝手に期待して。嗚呼もう今ここで服を脱いでしまいたい。柳生さん好いとうよ、と囁いて下さる男の私に戻りたい。

仁王は本当に興味がないようで、既にこちらなぞ見ていない。

――幾らお目かしして皆にちやほやされても、仁王くんが綺麗だ、可愛いって喜んで下さらなければ私は……私は……

「やっぱり俺、帰るぜよ。伝言確かに伝えたナリ」

残念やわ〜と嘆く金色に仁王は軽く手を振り、柳生には目もくれず背中を向けた。

(仁王くん……!)










「……何?」

仁王だけじゃない、その場にいた全員が怪訝な顔をして柳生を見た。

「あっ……私……」

柳生は無意識のうちに立ち上がり、仁王の服の裾を掴んでいた。

「ご、ごめんなさい!!」

仁王の突き刺すような視線に堪えられず、彼女は慌てて手を離し顔を耳まで赤く染め俯いた。

――何をやっているのですか私は!只えさえ良い印象はないというのに、更に変な人と思われました……もう完全に嫌われた……!

「……俺の負けじゃあ。お前さん可愛過ぎ」
「えっ……」

柳生がおそるおそる顔を上げると、仁王はクククと腹を抱え笑っていた。

――仁王、くん……?

仁王はひとしきり笑うと柳生の腰を引き寄せ、

「という訳で、俺、この娘に逆ナンされるナリ。貰っていくぜよ」

と呆気に取られる三人を尻目に柳生を連れ出した。

「ちょ!貴方……」
「あ、そうそう、」

仁王は跡部にそっと耳打ちした。










「『人の彼女を誑かすんじゃなか』だとよ」
「なんや、お手つきだったんかいな」

そういや昨日、仁王を見て呟いてた気ィするわ、と忍足は肩を竦めた。

「柳生の正体性別含め、お前は知ってた風だったな、金色」
「あの子らからハッキリ聞いた訳じゃありまへんけど、何となくですわ」

流石IQ200やなあ、と忍足が感心すると、金色はそんなの関係あらしまへん、乙女の第六感やと溜息混じりに答えた。

「彼女や言うても未だ両片想いみたいやけどな。しかも仁王クン、地味だのパッとしないだの好みじゃないだの。女の子にとってこれはかなりのトラウマよ?アンタらに嫉妬したんやろうけど、距離作ってどないしますのん。よういわんわ」

ああもう焦れったい、と金色は呟いた。




   



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