「比呂士さん、大丈夫?ぐったりしているみたいだけど」
「え、いや、大丈夫ですよ母さん!ほら、この通り!!」
「そう?」

学園祭当日。柳生は自宅のリビングでいつもより少し早い朝食を摂っていた。

昨日、あの後に跡部家のメイドによってあれよあれよという間に身包み剥がされ、その上身体のありとあらゆるところを計測されてしまった。

――女物の服を作る、と仰っていましたね。親切のつもりなのでしょうけど、正直あのテンションにはついていけません……

「――お兄ちゃん、大変!!」
そこに柳生の妹が血相を変えて飛び込んできた。

「どうしたんですか、そんなに慌てて。レディなんですからもっと静かに……」
「そんな事より外!外見てよ!!」
「外?」

促されるまま窓から外を覗くと、柳生家の玄関先に高級車が止まっていた。

「ロールスロイス、ですか」
「凄いでしょ!誰の家に用なんだろう!?」
「……ヘリコプターでなくて良かったと、喜ぶべきなんでしょうか」
「はあ!?」









「めっちゃ可愛いやん。足もホンマ綺麗やし俺好みや。なあ自分、俺の彼女にならへん?」
「冗談は止めたまえ……」

はあ、と柳生は溜め息をついた。

件のロールスロイスから跡部の執事が現れ、仰天する母と妹を前に『景吾様から貴方様を連れてくるよう仰せつかりました』と恭しく柳生に頭を下げた。そのまま車に乗せられ、氷帝学園の生徒会室という名の跡部の私室に放り込まれ、控えていたメイドに再び身包み剥がされた。あっという間に氷帝の女子制服を着せられ(下着まで用意されてました……!)、頭には地毛と同じ琥珀色のウィッグが宛てがわれた。眼鏡も奪われ代わりにコンタクトを突っ込まれ、挙句の果てには薄く化粧までされてしまった。

「何を疲れているんだ?」
「いや私一般人ですので展開についていけなくて」
「まあ鏡を見てみ?驚くで」

跡部と忍足に促され、柳生は鏡の前に立った。髪は琥珀色のさらさらロングストレート、左胸に氷帝のエンブレムの入った白い半袖シャツ(本当はスカートの中にきちんとシャツを入れたかったのですが、氷帝のこの制服はシャツの裾を外に出すのが決まりだそうです)に赤いネクタイ、青と空色のチェックが入ったプリーツスカート、紺のニーソックスに駱駝色の皮靴。唇はピンクに色づき、どこから見ても

「女の子、ですね」
「な?可愛いやろ」
「……はい」

柳生は素直にコクンと頷いた。
――この姿を仁王くんに見せたら喜んで貰えるでしょうか。柳生さん綺麗じゃ、と抱き締めてキスして下さるでしょうか……

「柳生?」
「あ、はい、すみません!!」

いけません、と柳生は頭を振った。
――私ったら、何を考えて。

「しかし嬢ちゃん、結構胸あるんやね。D?E?」
「立海大附属中のジャンパースカートだとどうなるんだ?これ」
「ちょ!どこ見てるんですか!!」
「――あーとべ!」

突然生徒会室の扉が開き、赤いおかっぱ頭と金髪のふわふわ頭が飛び込んできた。向日と芥川だ。

「お前ら……入ってくるときはノックぐらいしろ」
「いーじゃん!俺らマブダチだC〜」

溜め息をつく跡部に二人はニヒヒと笑った。

「あれ?その女の子、誰だよ?」

ビク!と柳生は肩を震わす。
――そう言えば私、女だとバレたのでした。急な展開に頭の中からすっかり抜け落ちていましたが、これは由々しき事態ですよね。これからの試合に影響が……

「俺の従姉妹だ、名は跡部ヒロ。俺達と同じ中三だ」
「!?」

柳生は驚いて跡部を見る。跡部は柳生を一瞥するとフフンと笑い、更に続けた。

「氷帝を一度見学したいって言ってたんでな。いい機会だから呼び寄せた」

へぇ〜、確かにお嬢様ってカンジ!と二人は感嘆の声を漏らした。

「――あの、忍足君」

柳生はそっと忍足に耳打ちする。

「どないしたん?」
「私の正体、皆さんには……」
「ああ、話してないで。隠しとるんやろ?立海の奴らにも」

コクコク、と柳生は頷く。
(仁王くんは知ってますけどね)

「事情ありそうやしなあ。俺と跡部だけの秘密にするから安心しいや」
「……すみません」
「かまへんよ」




   



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