学園祭がいよいよ明日に迫り、各々必死で最終調整を行っていた。柳生は自分に課せられた使命を果たすべく氷帝学園の構内を巡り、要所要所で地図にチェックを入れていた。

(あれは一体何だったのでしょう)

ふと先日の仁王の部屋での出来事が脳裏を過ぎる。結局仁王の弟の乱入でうやむやに終わってしまったが。

(仁王くん……)

彼は自分に何をしようとしていたのか、何を伝えようとしていたのか。確かめようにもあれ以来学園祭の準備に時間を割かれ、二人の時間を作れないでいた。

――いけません、雑念に囚われている場合ではありませんでした。今は学園祭に集中せねば……

「やーぎゅ!」

背後から己を呼ぶ声がした。その聞き慣れた筈の独特のイントネーションに柳生の心臓がドクンと跳ねる。

「……仁王くん」
「お前さん、今ヒマか?」

ホント参ったぜよ、と仁王は溜め息をついた。

「例の合コン、思ったより力仕事が多くてのう……俺、箸より重いものを持った事がないのに!」
「それだとラケットも持てないじゃないですか」
「プリッ」

と、後方からパタパタと誰かの駆けてくる足音が聞こえた。

「仁王さん!」
「げ」

足音の主は背後から仁王の服をむんずと掴んだ。青学の制服を着たその女生徒は、そのまま仁王を力任せに引っ張った。

「何するんじゃ!柳生さんとの逢瀬を邪魔するんじゃなか!!」
「煩い!只えさえウチは男子が少ないんですから、きっちり働いて貰いますよ!!」

そう言って彼女は手に持っていたメモを仁王の鼻先に突き付けた。

「こんなに買ってこないといけないの!華奢なこの二の腕で運べる訳ないでしょう!?」
「華奢にはとても見えんがのう?」
「き――!ムカつく!!」
「まあまあ」

柳生は睨み合う二人の間に立った。

「仁王くん。か弱い女性がこれだけの物を運ぶのは一苦労ですよ?貴方も係なのですし、手伝って差し上げなければ、ね?」

幼い子をあやすように優しく微笑みかけると、仁王は仕方がないのう、と唇を尖らせた。

「男手が足りないのであれば、私もお手伝い致しましょうか?」
「さっすがジェントルマン!でも荷物持ちは一人いれば十分ですから。お気持ちだけ頂いておきますね!」
「そうですか?」
「はい!!それじゃ、デート行って来ますね!」
「「!!」」

その言葉に二人は目を見開いた。しかし女生徒はその微妙な空気に気付く事なく、有難うございました――!!と仁王の腕を取り、校門の方へと消えていった。

(デート……)

深い意味はないのだろう。確かあの女生徒、試合の時はいつも『L・O・V・Eリョーマさまぁ!!』と叫んでいる気がするし、仁王に気があるような雰囲気でもなかった。しかし、仁王と彼女が並んで歩く姿は仲睦まじいカップルそのもので。――そういえば、最近お互い忙しくて二人で連れ立って歩くなんてこともなかった。

「いいなあ……」
「アーン?やっぱり女の格好をしたいのかお前」
「そういう訳ではありませんが、しかしああいう姿を見ますと私も……って、ええっ!?」

突如降って湧いた声に驚いて周りを見回すと、真横にはあの――

「跡部、君っ……!!」

今学園祭の主催者、跡部景吾が立っていた。

「俺もおるで……何故か。」

そしてその横には同じく氷帝の忍足侑士がいた。

「あの、あなた方いつから、といいますか、え、何を仰って」
「だから女の格好をしたいんだろ?」
「別嬪さんやからなあ。嬢ちゃんが女に戻ったら、そこいらの女が束になって掛かったって先ず敵わないでぇ」
「――お二人が何を仰っているのかよく判らないのですが」

柳生は眼鏡を指でぐい、と押し上げ冷静を装った。しかし。

「隠すな。お前、女なんだろ?柳生比呂士」
「!!」

(見破られてる!?)

己をじっと見つめる跡部を前に、柳生は必死で動揺を押さえ込んだ。

「馬鹿な事を言うのは止めたまえ。何を証拠に」
「服を脱げ」

――まあ、そうですよね。脱げば白黒ハッキリしますよね。しますけど!

「もしも私が女だったらどうするおつもりですか。大衆の面前で辱めるなんて、紳士のする事とは思えませんね」
「女物の服を仕立ててやるからスリーサイズを測らせろ。勿論晒しも取れ」
「ちょ!貴方、私の話を聞いていますか!?」
「諦めた方がええで、嬢ちゃん。基本ウチの大将は人の話を聞かへんのや」
「貴方もです忍足君!嬢ちゃんなんて呼ばないで下さい!!」
「ガタガタ騒ぐんじゃねぇよ柳生。俺様のインサイトの前ではお前の嘘なんざ無力なんだよ」

跡部がパチンと指を鳴らす。するとどこからともなく黒服サングラスの集団が現れ、柳生を拘束した。

「連れていけ」
「なっ!?」

――嗚呼、大変なことになりました。

私は……私は只、仁王くんとあんな風に出掛けたいなと思っただけなのに!!




   



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