柳生は何かに急かされるように玄関のドアを開けた。ひやりとした外気が流れ込み、その圧に目を細め垣間見たその向こう側に果たして彼はいた。

「ただいま。よく家の前にいると判ったのう、やーぎゅ」

制服を着たまま、荷物を抱えたままで、その手には蒼い携帯電話が握られていた。ディスプレイが点滅し、そこにはたった一言

『会いたい』

柳生に送られたのはその一言だけだった。

「何となく、近くにいるような気がしたんです」

柳生は門を開け、仁王の前に立った。

「お帰りなさい。早かったですね」
「おん。先生に『お願い』して此処の近くでバスから降ろして貰ったぜよ」
「まあ!帰るまでが遠足ですよ、仁王くん」

目の前の彼は以前より眩しく見えた。この数日彼の機転、そして何より優しさに助けられた、その影響だろうか。

――緊張、ですかね。胸がドキドキしますし、何だか身体が火照る気が……

その目を真っ直ぐ見つめることが出来ず、柳生は俯いた。しかし。

「……スマンかった」

沈んだ声に驚き顔を上げると、仁王が深々と頭を下げていた。

「何をなさるのですか!!貴方に感謝こそすれ、謝られる事は何も……」
「元々行く気でなかったお前さんを連れ出したのが事の始まりぜよ」
「いいえ、いいえ……!!」

柳生は否定するも仁王はその顔を上げず、彼女はその両腕を掴んだ。

「母から聞きました。貴方、私の為に土下座して下さったんですって?」
「どうじゃろうか。お前さんの為だったんじゃろうか」

仁王は項垂れたまま、消え入りそうな声でぽつ、と呟いた。

「どうしてもお前さんと離れとうなかったんじゃ。だからお前さんが行きたがってると思い込んだのかも知れん」
「仁王くん、」
「女だと知っていたのに、正体を隠しながらの団体行動は精神的にも肉体的にも負担になるだろうと判っていたのに、俺の我が儘でお前さんを追い詰め……」
「仁王くん!!」

仁王を掴む手に力を込め、柳生はその身体を揺さぶった。

「私、楽しかったですよ?どうなる事かとハラハラしましたが、その反面スリルにドキドキしていたんです――いつだって貴方が傍にいて、私を守って下さったから。だからそんな余裕があったんですよ?」
「……」
「それに私の正体を知っても貴方はこうして私の前にいて下さる。それが今回の旅行で一番嬉しかった事です。貴方に打ち明けられて、本当に良かった」
「……やーぎゅ、」
「仁王くん。お顔を見せて下さい」

漸く顔を上げた仁王に、柳生はふんわりと柔らかく微笑んだ。

「私、今とても幸せです」
「……!」

顔を覆う銀糸から不安げな表情を覗かせていた仁王は柳生をじっと見つめた。柳生が更に笑顔で返すと血の気のなかった頬に赤みが差し、「あ……う……」と小さく喘ぎ始めた。

「……仁王くん?」
「――やーぎゅ!!」

突然仁王は柳生の身体を掻き抱いた。あまりに熱烈な抱擁に柳生は呻いた。

「仁王くん、痛い、痛いです!!」
「やーぎゅ、お前さんエスパーぜよ!!」
「は!?」

斜め上な仁王の言動に柳生は目を白黒させる。

「仁王くん、何を……」
「お前さんが嬉しいと俺も超嬉しいんじゃ!!なんかこう、心があったかいモンで満たされるような、そんな感じぜよ!!!」
「ああ、それでエスパーですか」

柳生はクスクスと笑った。――本当、なんて可愛いひと!

「仁王くん、それは貴方が私を好いて下さってるからですよ」
「好き……」
「ええ。だって私も笑顔になった貴方を見て同じ気持ちですから」
「……柳生、」

仁王は柳生を抱き締めていた腕を緩めた。なんでしょう?と首を傾ける柳生の両肩に置かれた仁王の掌は汗ばみ震えていた。

「俺、お前さんを好いとうの」
「ええ、存じております」
「そうじゃのうて!!」

いつになく真剣な瞳に柳生は息を飲んだ。

「お前さんが女だと気付いたのはな、お前さんをずっと見ていたからじゃ、ずっと、ずっと、ずっと!!お前さんに夢中なんじゃよ……!」
「……におう、くん、」

仁王は目を閉じてくんしゃい、と掠れた声で囁き、柳生は期待と不安で高鳴る鼓動を捩じ伏せ瞳をギュッと閉じた――これは、まるで、




   



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