「比呂士さん。カレーに墨汁なんて前衛的ね。でもお腹を壊しそうだからお勧めしないわ」 「!!」 母親に指摘され、柳生は慌てて手に持った墨汁をテーブルに置いた。 「……あの、母さん。何故食卓に墨汁があるのですか?」 「心此処に在らず、と言った感じね?」 「(無視ですか!?)すみません……」 「今日、仁王君が帰って来ますものね」 「……皆さんです」 「あら、照れ隠し?仁王君と会いたくて仕方がないのでしょう?」 クスクスと笑う母親に、柳生は違います!と眉根に皺を寄せる。 「確かに今日帰っていらっしゃいます。しかし遅い時間の帰校ですし、長い旅行でしたからクタクタでしょう。明日は休校日ですし、明後日まで会うことはないと思います」 「じゃあ携帯電話を握り締めているのはどうして?」 「え……ああ!」 柳生は己の左手を見て驚く。そこには携帯電話が握られていた。 (道理で食べにくいと思いました……!) 「すみません。マナー違反ですね、お恥ずかしい」 「いいのよ。仁王君からの連絡が待ち遠しいのでしょう?」 だから違いますって、と柳生は呟く。母は外は暗くなってきたし、会うのは短めにしておきなさいね、と言った。(また無視ですか……) 「本当に約束はしていないんです。それに……お会いするのが正直恐ろしい」 カタン、と柳生は携帯電話を食卓に置いた。 「あの時の自分を振り返ってみますと、みっともないくらい取り乱し冷静さを失っていました。恥ずかしい姿を見られてしまい、時間を経た今どんな顔をして仁王くんの前に出たらいいのか判らないのです。それに仁王くんはそんな私を気遣って優しく接して下さいましたが、心の底では呆れてしまったのではないか、見限られてしまったのではないかと心配で……」 「仁王君はそれ位で貴女を嫌いになったりしないわ」 「だといいのですが。私、仁王くんに嫌われたらと思うと気が気で……」 「ふふ、可愛いわね比呂士さん」 「……突然何を言うんです」 私は真剣に悩んでいるのにからかわないで下さい!と睨む柳生に母は優しく微笑んだ。 「貴女、本当に仁王君が大好きなのね」 「ええ、勿論ですとも!!」 「ねぇ比呂士さん。その感情の名を御存知かしら」 「……え、」 pi pi pi pi …… その時携帯が鳴った。メールであろう、柳生は中身を確認すると 「――直ぐ戻ります!!」 と告げ、席を立った。 「あら、あの子たち……」 残された母は柳生が落として行った携帯を拾い、画面を見て苦笑した。 「何処で落ち合う気かしら」 無事に会えるといいけど、と母は携帯を閉じた。 |