「柳生先輩!!」
「……切原君?」

神奈川の自宅に到着し柳生が母親の運転する車から降りると、待っていたのかそこには赤也がいて、今にも泣きそうな顔をして柳生に飛び付いてきた。

「大丈夫ッスか!?体調悪くて途中で帰る事になったって聞いて飛んできたッス!」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。大丈夫ですよ。大事を取って一足先に戻っただけですから」

ほら、この通り!と柳生は力瘤を作り、目尻に涙を溜めた後輩が安心するよう優しく微笑んだ。しかし赤也の顔は晴れない。

「……切原君?」
「――スイマセンでした!!」

突然赤也は頭を下げた。身に覚えのない謝罪に柳生はきょとんと目を丸くした。

「えっと……何のことでしょうか?」

すると赤也は袖で涙をがしがしと拭きながら言った。

「俺、先輩たちがみんな修学旅行に行っちゃって寂しかったんス。練習も全然つまんねーし、だから修学旅行なんか中止になればいい、早く帰って来ればいいって、そう願ったから柳生先輩がこんな目に……!」
「……それを言う為にわざわざ此処で私が帰ってくるのを待っていたのですか?」
「スイマセン、柳生先輩!!」

顔を上げられない赤也の肩に柳生はそっと手を置く。

「君は本当に純粋なんですね」
「柳生先輩……」
「今回の事は私の体調管理がなってなかった所為です。切原君程度が願ったくらいで弱る私ではありませんよ?」
「程度、って……先輩ヒドいっス」

赤也が漸く笑顔を見せ、柳生はホッと胸を撫で下ろす。

「んじゃ、仁王先輩にメールを送りますか!」
「……仁王くん?」

その名に柳生の心臓がドクンと脈打つ――何故ここに彼の名が?

「そう、仁王先輩。柳生さんが帰ってしまった、元気か寂しがってないか泣いてないか見てこいって電話口で喚くんスよ。寂しいのはあの人の方だろ!っていう」

そして赤也はニッと笑って言った。

「愛されてるッスね、柳生先輩!」

――仁王くん!!

柳生は緩む涙腺をぐっと堪えた。

――貴方って人は、何処まで優しい……

「――あ、そうだ!柳生先輩、俺、イイ事思い付いたんですけど」
「?」











「なーに黄昏てんだろぃ」
「……ブン太か。何じゃ?」
「何じゃ?じゃねーよ。晩飯には現れねェ、オリエンテーションもサボりやがって。いい加減にしろぃ――戻ろうぜ」
「柳生さんいないからいや―」

仁王はおちゃらけてみせるが
(きっと本心だ。)



柳生が帰ったその夜。いつまで経っても姿を見せない仁王を探すべくブン太は宿の屋上に向かった。果たして仁王はそこに居た(ばかは高いところが好きってね!)。

床に腰を下ろし、彼は空を仰いでいた。月や星を見ている訳ではない、空は生憎曇りだ。彼が見ているのは、想いを馳せているのは今や遠く離れてしまった半身。

丸井は溜め息をつくと、その隣に腰を下ろした。

仁王は風のような男だ。気紛れで我が儘で馴れ合いを良しとしない彼が集団で行動など出来る筈もない。それでもこの数日間エスケープすることなく皆の輪の中に居たのは柳生の存在があったからで、つまりそれこそイレギュラーな事態だったのだ。

ああ俺変な事言ってる、と丸井は思う。それでも戻れと言うのは、目の届く所に居てくれと思うのは柳生が帰ってから此方、丸で亡霊かのように存在の覚束無い仁王に危うさを感じるからであった。柳生が居ない所為だけじゃない、

――多分、仁王と柳生の間に何かあった。

「……お前ときたら二言目には柳生さん柳生さん。もう結婚しちまえよ」
「するぜよ。18才の俺の誕生日に籍入れるの。家に帰ったら柳生さんがエプロン着てお出迎えとか想像だけでイケる」
「死ね」
「食事よりも風呂よりも先ず柳生ぜよー」

仁王はカラカラと笑った。

「ねえブンちゃん」
「おう」
「俺、柳生を好いとうの」
「判るよ」
「ホントはな、柳生さん修学旅行に行く気はなかったんじゃ。でも俺、どうしても柳生を連れて行きたかったの。だって柳生と離れるとか死ねる。それに柳生、心の底では修学旅行に行きたいに違いなかと思ったし、俺は柳生の大好きな仁王くんだから俺が一緒に行こうち言うたら喜んでくれるだろうって信じてた」

仁王は両膝を手で抱え、猫背を更に丸め顔を埋める。

「でもそれは結局俺の独り善がりで、柳生に怖い思いをさせてしまったぜよ。好いとう柳生を喜ばせたいだけなのに上手く行かなくて……」
「……」
「ブン太、今日は有難うな。幸村たちも巻き込んで俺らを探してくれてたんだって聞いたぜよ」
「何だよ改まりやがって。気色悪ぃな!」

ヒヒ、と笑い丸井は仁王の頭に自身のジャケットを被せた。

「ブン太?」
「お前はよくやったぜ。

――だから、泣くんじゃねーよ」

「……プリッ」

仁王はすんと鼻を鳴らした。

「ブンちゃんカッコいい。俺がオンナノコだったら即惚れてるぜよ」
「嘘つけ。やっぱり比呂士だろぃ」
「おん」
「本当にお前、どんだけ……まあ比呂士にも言えることだけどな」

そう言うと丸井はポケットを探り、中から携帯を取り出した。

「比呂士さあ、未だにメール送信出来ないんだって?今時そりゃないだろと思うけど比呂士ならアリかもな。で、赤也に送ってもらったんだろうけど、アイツも宛先間違ってやがる。困った奴らだぜぃ」

丸井は携帯を開き、ほれ、と仁王に見るように促した。中を確認するや否や仁王は凄まじい勢いで丸井の手から携帯を奪い取った。

「イイ顔してるだろぃ?」

それは柳生からの写メールだった。カメラに向かってVサインしている赤也の隣で、慣れていないのか少し固い、でも翳りのない晴れやかな笑顔をした彼女が居た。

そしてその上には『におうくんありがとうございましたやぎゅう』との文が添えてあった。平仮名打ちで絵文字もなく、辿々しいこれは恐らく彼女が自ら打ち込んだものであろう。仁王を想って懸命に打ち込む彼女の姿が目に浮かぶようで、

「……やーぎゅ」

――相思相愛の癖に何を悩んでるんだか。

恥ずかしげもなく弛んだ顔を晒す仁王に、これは皆を巻き込んだ二人の壮大なノロケに違いないと丸井は大きな溜め息をついた。全く、傍迷惑な!

「――よし!」

仁王はスクッと立ち上がった。はらりと丸井の被せたジャケットが落ちる。

「おーおー、元気になったじゃん」
「否、元気なかよ。腹痛くなった」
「は?」
「だから神奈川に帰るぜよ!」
「はあああああ!?」
「じゃあなブンちゃん、あとヨロシク!!」

そして仁王は屋上の出口に向かって突進した――が、ビタッと立ち止まりこちらを振り向いた。

「な…なんだよ……」

すると仁王はビシッと人差し指を向けて言った。

「柳生さんの写メ、俺の携帯に送ってくんしゃい!オカズにするぜよ!!」
「お前最低だ!!!」




   



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