注:流血表現あり





(誰か夢だと言って下さい、嫌です、私は、私は――)










「柳生は?」

騒ぐだけ騒ぐと、仁王と丸井は真田のところまで追い付いてきた。

「おい、B組はまだ後からだろう。列を乱すな」
「細かいことは言いっこなしじゃ。で、柳生は?」

真田はお前らときたら…と半ば呆れながら言った。

「厠だ。腹がおかしいと言ってな」
「へぇ。拾い食いでもしたのかよ?」
「お前と一緒にするな、丸井」

真田は丸井の頭を小突いた。

「だって俺たち健全な男子中学生だぜ?直ぐ腹減るモンだろぃ!」
「腹……腹か」
「仁王?どうした?」

見ると仁王は顎に手を宛て何か考え込んでいた。

「……真田。柳生とは何処で別れた?」
「聞いてどうする」
「探すぜよ。ちと気になる事があるんじゃ――」










「情けない。柳生の事となると目の色を変えおって。どれだけ依存しているのだ彼奴は。全く以てたるんどる!!」
「何ソレ。判ってねェなぁ、真田よォ……」
「?」

来た道へと再び消えていく仁王の背中を見送りながら、丸井は仕方ねェ奴、と苦笑した。

「依存とか偏った見方してんじゃねェよ。見たまんまだろぃ。仁王は比呂士の事が誰よりも大好きで大切で――」

だから必死なんだろぃ、と丸井も踵を返した。

「何処へ行く?」
「比呂士に関するアイツのアンテナは正確だぜぃ。比呂士の身に何か起きたと考えて間違いないんじゃね?大したことじゃねェかも知れないけど、一応幸村クンの耳に入れてくる。

……ちょっち、嫌な予感がするんだぜぃ……」










(何ですかこれは!私は男です、これまでも、これからも、男として生きていくんです。なのに、どうして!どうしてこんなことが……)

柳生は個室で一人震えていた。腰掛けている便器は血で汚れている。気が遠のくのを先が白くなるくらい指を腕に喰い込ませ、必死で耐えた。

――否、落ち着け私。どう足掻いても身体は女です。いつか訪れるであろう事は判っていたでしょう?

だけど、やはり受け入れられません!!

流れる血、噎せかえる雌の匂い。柳生は堪らず涙を溢した。

雄の性欲を掻き立てる為に丸いフォルムに変化する身体、成熟する子宮や卵巣。柳生の身体は子を宿す為に着々と女に成っていく。――嫌だ、こんなの望んでいない!私が望むのはあの大好きな仲間たちと共に在ること。同じ輪の中で笑い合うこと。なのに私の身体は私の願いを裏切り、彼らと違う生き物になっていく。嫌だ、一緒にいて、離れていかないで、皆さんの事が大好きなんです、幸村君も真田君も柳君も桑原君も丸井君も切原君も、
そして誰よりも。

捻くれ者で悪戯を仕掛けては周りを困らせてばかりだけど、本当は優しくて頼もしくて、世界中のどんな物より大切な掛け替えのない私の――

「柳生!!」

あ……っ、

「に……」

仁王くん、とその名前を紡ぎかけるが慌てて口を閉じる。

――此処で彼を呼べば。

柳生は下腹部に目を遣る。

(駄目です、いけません、仁王くんに、特に仁王くんには知られたくない……!)

息を殺し、仁王が去るのを待つ。しかし、

(きっと私は見つかった)

「やーぎゅ!!良かった、此処にいたんじゃな……!」

――だって悲しみとか絶望とか、私がどんなに深いところに閉じ込められても見つけてくれる貴方だから!!

柳生の居る個室の前で足音が止む。

(ああ、やっぱり好き。仁王くんが、好き)

この扉を開けて、探して下さって有難うございます、嬉しいです、とその手を取りたい。仁王くんは少し照れた顔をして戻るぜよ、やーぎゅ、と私の手を握り返してくれるでしょう。

でもそれは私の真の姿を知らない貴方。この姿を見ても貴方は貴方でいてくれますか?手を握り返してくれますか?

今、私たちを隔てているものは板一枚。ドアノブを捻りさえすれば消え失せるでしょう。しかしその代償にベルリンよりも厚い壁が聳え立ち私から貴方を引き離す。ああ、ああ、いけません、どうしたら、私どうしたら、いつもこんな時に手を差し伸べてくれるのはそうだ仁王くんだ、ねぇねぇ仁王くん、私、貴方を失いたくないのですがどうしたらいいと思いますか仁王くん、仁王くん、私どうしたら、

「大丈夫か?腹痛いち聞いたんじゃが……ドア、開けてくれんか?のう、やーぎゅ……」

「――来ないで下さい!!」




   



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