「ふう……」

柳生は身体を綺麗に洗った後、一人で占領するには大きすぎる湯船にゆったりと浸かった。久々の湯である。このまま心行くまで堪能したい。しかし。

「仁王くんを待たせる訳にはいかないですね……」

と、浴槽から出ようとしたその時。

パチン。

「――え?」

突然灯りが消え、辺りが真っ暗になった。風呂場だけでなく、脱衣所の蛍光灯まで消えている。目の前には闇が広がり、何も見えない。

(ちょ!何ですかこれは!?仁王くんのイタズラですか?なら問題ありませんが、でも、え、あの、アレですか心霊現象の類いですか!?幽霊の現れる前兆とか、ああ、駄目です、それはいけません、私、お化け屋敷とか、そういうの……)

柳生の首を生温い風が撫でる。

「いっ……」

(そういうの、)

「いやあああああ!!!」

苦手なんです!!






「柳生!!」

バタン!と戸を乱暴に開ける音がした。刹那外から僅かに光が射すも、すぐ扉を閉めたらしく辺りは再び暗闇に包まれる。

「柳生!どこじゃ!?」

――仁王くん!!

柳生は浴槽を出、彼の名を叫んだ。

「仁王くん!私は此処です!!」
「柳生!」

見つけた!!

声のした方向に蠢く影がある。柳生は躊躇する事なくその影に飛び付いた。

「や、やぎゅ……」

銀糸が頬に触れる。間違いなく彼だ。

「何なんですかこれは!貴方のイタズラですかお化けのイタズラですか!?最低です……!」
「落ち着きんしゃい、やーぎゅ。大丈夫じゃ、大丈夫じゃから……」

余程怖かったのか、柳生は仁王の首に腕を絡めその身体にしがみついた。仁王は背中に腕を回し抱き留めたが、その動きがぎこちなかったのを正気を失った柳生が気付く由もない。

「多分故障か、入浴時間が終わったから消されたかぜよ。じゃけん、怖がらなくても良かよ」
「仁王くん、」
「宿の人呼んでくる。直ぐ帰って来るけん、此処で待ってて……」
「いやです!!」

柳生は腕に力を込めた。

「幽霊が出てきて呪い殺されたらどうするんですか!?」
「や、やーぎゅ、俺は今お前さんに絞め殺されそうなんじゃけど、」
「此処は大昔何かの儀式で生け贄になった人々の怨念が渦巻く場所だとか昼ドラ宜しく血を血で洗う骨肉の争いが繰り広げられた屋敷だったとか戦場で馬をハーレーのように乗りこなすあの人にレッツパーリされた者たちの墓の跡だったりとかしたら相当ヤバいです私柳生筆頭ですから!!」
「いや、特に最後のはちょっと、」
「私を置いてけぼりにしないで下さい!!行かないで仁王く……んぐっ!?」


柳生は尚も捲し立てようとするが、仁王に阻まれる。

仁王が柳生の口を吸ったのだ。

ほんの数秒で直ぐ離れたが、それは、確かに、

――キスですよね!?

柳生は驚き、仁王の表情を伺おうとするが暗くて判らない。あまりの出来事にそれまで高まっていた感情が行き場を失い、柳生は脱力感に襲われその場に座り込んだ。

「――落ち着いたかのう?」
「え、ええ……」
「じゃ、直ぐ戻ってくるけん、大人しく待っときんしゃい」

仁王は止めと言わんばかりに柳生の額に口付けし、柳生が慌てている間にその場を後にした。柳生はその後ろ姿を茫然と見送った。

――仁王くん、どういうおつもりなのでしょう。男の私にあんなことをするなんて……!!

と、ふと柳生は自分の姿を思い出した。

そうでした、私、浴槽から出たばかりでした……

「――…いやあああああ!!」

裸で、仁王くんと抱き合ってキスしてたなんて!!!









「何の真似ぜよ――幸村」

浴場から出た仁王は、扉の前で腕を組み壁に寄りかかっていた幸村と対峙していた。

「そんなに睨まなくてもいいじゃない。ちょっと悪戯してみただけだろう?」

電気を消したのは幸村であった。一人番をする仁王の元に現れ、何の前触れもなくスイッチに手を掛けたのだ。照明が落ちたと同時に柳生の悲鳴が聞こえ、仁王は慌てて中に飛び込んだという訳である。

「柳生、怯えてたぜよ」
「ふふ。君は良い思いが出来たんじゃないの?」
「……もうこんな事するんじゃなか」
「ハイハイ」

幸村はひらひらと手を振り踵を返した。

「頑張ってお姫様を護りなよ、王子様」

そう言い残し、廊下の奥に消える。

「……」

仁王は電気のスイッチを入れた。一瞬で中が明るくなる。彼は再び扉の前に腰を下ろし柳生を待った。




   



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