大阪での騒がしい一日が過ぎ、精も根も尽き果てた生徒たちはそれぞれ割り当てられた部屋で早々に布団に入った。柳生とて例外ではなかったが。

――うっ。

自分の匂いが気になって一向に寝付けない。

昼間、丸井と金太郎からジャッカルを庇った際、髪やシャツに青のりやら鰹節やらソースやら色々掛けられてしまった。ハンカチで拭き取り服も着替え香水も付けたが……気持ち悪い。

(どうしましょう。就寝時間を過ぎた今なら浴場に行っても人はいないでしょうし、こっそり入浴出来るかも知れません。ですがやはり、いつ誰が入ってくるとも限りません)

諦めるしかないのか、と思ったその時。

「やーぎゅ」
「!!」

耳元で囁かれ、柳生はガバッと跳ね起きた。

「に、にお……ふぐ!!」
「声が大きいぜよ、やーぎゅ。皆が起きてしまうじゃろ。静かにしてくんしゃい」

相手は仁王だった。柳生は慌てて周りを見る。大丈夫、誰も起きていない。柳生がコクコクと頷くのを確認すると、仁王はお利口さんじゃ、と柳生の口を塞ぐ手を外した。――違う部屋の彼が、何故ここに。

「貴方が部屋に入って来たの、全然気が付きませんでした」
「ん。音を立てずに忍び込むのは俺の七つの特技の内の一つじゃき」
「そんなの初めて聞きましたよ」
「ピヨッ」
「で?何をしにいらっしゃったのですか?」
「お前さんをさらいにじゃ、やーぎゅ」
「私……を?」
「そ。」

首を傾げる柳生に、仁王はニヤッと笑った。







「あの、仁王くん、本当に宜しいので?」
「良かよ」
「でも日中大騒ぎしましたし、疲れているのでは……」
「ああもう。俺と柳生さんの仲じゃろ?遠慮するなし!!」

仁王は「な?」と微笑んで柳生の頭をくしゃくしゃと撫でた。

部屋に現れた仁王は、柳生に風呂場へ行く準備をするよう促した。柳生が人に肌を見せるのが嫌なんです、と告げると、だと思った、なら俺が誰も入らないよう入り口で見張ってるけん、その間に入れば良かと部屋から連れ出され現在に至る。

――しかし、よく私が入浴していないと気が付きましたね……はっ、まさか!!

柳生は突然後退る。

「……やーぎゅ?」
「近づかないで下さい!!」

その目には涙が溜まっていた。

「私が臭いから気付いたのですね!!」
「泣くんじゃなか、やーぎゅ!大丈夫、お前さんは……」

そこで一旦言葉を切ると、仁王は柳生から目を逸らし、頬を赤く染めか細い声で言った。

「いい匂い、するからのう……」
「思ったより香水が効いているのでしょうか?」
「そうじゃのうて……まあいっか」

仁王は柳生の左手を取った。

「行こ、やーぎゅ」
「……仁王くん」

自分の性別を偽って生きるのは骨が折れる。しかし女として普通に育っていたら、この人の優しさに触れることは出来なかったかも知れない。柳生は仁王の右手をぎゅっと握り返した。

「やーぎゅ?」
「仁王くん。私、貴方の事が大好きです」

お父さんお母さん、私を男として育ててくれて有難う。







「大好き、って……」

男湯に誰もいない事を確認すると、俺はここで見張ってるけん、と柳生を中に入れ、仁王は脱衣所の扉の前に腰掛けた。そしてそのまま頭を抱え込む。

「どういう意味なの、柳生さん……」
「柳生がどうしたって?」
「!」

不意に声を掛けられる。仁王は驚いて顔を上げた。

「お前さん……!」




   



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