部屋に戻ると畳の一角が衝立で仕切らており、その中には布団が一組敷かれていた。

「……ですよね」
「柳生先輩は『男性』ですから。申し訳ありませんが隔離させて下さい」

そして原は声を落とし、柳生にそっと耳打ちした。

「これなら多少寝相が悪くても大丈夫でしょう?」

そう言ってウインクする原に、柳生は深々と頭を下げた。

「何から何まで御手数をお掛けして申し訳ありません」
「いいえ」

原は柳生にニコリと微笑みかけると、室内の女生徒たちに明日は早起きだからと就寝するよう促した。柳生もそそくさと衝立の中に入り、布団に横たわろうとした。しかし荷物の上に置いてある携帯電話の、着信メールを知らせるランプが点灯しているのが目に入り手を伸ばした。

(あっ……)

それは仁王からのメールであった。

『元気しとるか?心細さにひとりで泣いとらんか?寂しい時はいつでも遠慮せんでメールなり電話なりくれてええからの。お前さんの事が心配じゃき』

(仁王くん……!)

柳生は携帯をギュッと握り締めると衝立の外に飛び出した。

「柳生先輩!?」
「すみません!すぐ戻りますから、皆さんは先にお休みになって下さい」

そう言って頭を下げると、柳生は部屋の扉を開け外へと出て行った。滅多に動揺を見せない柳生の慌てぶりに唖然とする少女たちの中、原はスッと立ち上がり扉へと向かった。

「涼香?どこへ……」
「――トイレ」











(まだお休みにはなっていらっしゃらないと思いますが)

ロビーを抜け、旅館の庭先に出た柳生は携帯電話を取り出し仁王の番号を押した。

(仁王くん……)

やや冷たい風が頬をくすぐる。空を見上げると、そこには無数の星が瞬いていた。その美しさに柳生はほう、と感嘆の声を上げた。

(彼もこの星空を眺めているのでしょうか……しかしあちらとこちらでは距離が離れ過ぎていますから、同じ空模様とは限りませんが)

『やーぎゅ』
「……仁王くん」

何度目かのコールの後、彼が電話口に出た。思えばこんなに長い間離れるのは修学旅行以来である。何十年かぶりに声を聞いたような感覚に襲われ、柳生は震える手に力を込めた。

「夜分遅く申し訳ありません」
『よかよ』

そう畏まる必要はなかよ、律儀じゃのう、と仁王は笑った。

「大丈夫ですか?ご飯ちゃんと食べてます?」
『なんじゃ、そのおかんみたいな台詞は』
「だって貴方、すぐ無精するでしょう?」
『信用ないのう。大丈夫ぜよ、心配しなさんな』

クツクツと受話器の向こう側で苦笑する彼は、柳生のよく知っているいつもの彼である。しかし、

――何でしょう、この落ち着かない気分は。

「……やーぎゅ?」

急に黙り込んだ柳生に、仁王が優しく名を呼んだ。その声に、ふと原の言葉が重なる。

『不安なんです。自分の事を好いていてくれるか、常に。周りは男ばかりだし、いつ自分から心が離れてしまうかと、怖くて』

(――あ、)

「柳生、どうしたんじゃ……」

(そうだ、違う、仁王くんはこんな時)

違和感の正体に気づき、柳生は焦燥に駆られた心を隠すように何でもありません、と微笑んだ。

「お気遣い有難うございます。貴方はいつだって私の事を心配し、手を差し伸べて下さる。一人放り込まれた新幹線の中、貴方の優しい言葉にどんなに勇気づけられたことでしょう」
『柳生……』
「常勝立海の名に恥じぬよう、勝利を収めて参ります。心配は無用ですよ」
『……おん』
「電信文書、有難うございました。――それでは、夜も遅いですし……そう、大部屋でほぼ雑魚寝状態なんです。同じ年頃の男が部屋を出たり入ったりしてはレディ達も気が気でないと思いますので、そろそろ部屋に戻りますね。おやすみなさい、良い夢を」
『おん……おやすみ。早う神奈川に帰ってくるの、待ってるぜよ』
「……はい」

では明日、と柳生は言って電話を切った。そして無造作に置いてあるベンチに腰掛け、空を仰いだ。雲ひとつない星空だと思っていたが、その瞳に薄い白い帯が映る。

(いつの間に?――否、天の川……ですね)

彼女は頭上を横切る淡い光をぼんやりと眺めた。

(織姫星と牽牛星……逢えない相手に、何を想って)

「――柳生先輩!!」

突然背後から声が掛かる。振り向くと、庭先に原の姿があった。

「どうしたんですか、こんなところで……っ!?」

原は柳生の顔を見るなり、一瞬にして表情を強ばらせた。

「何故……何故、お前さん――泣いて、いるんじゃ……!」




   



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