「原さん。有難うございました」 「いいえ、気にしないで下さい」 原は手にしていた携帯を閉じ、頭を深々と下げた柳生にニコリと微笑んだ。 買い物を済ませ、原と共に宿に帰った柳生は、「私が誰も足を踏み入れないよう入り口で見張っていますから」と原に勧められるが侭風呂に入った。浴場から出ると、原が扉の前に腰を下ろしており、その姿を見て柳生はフフと笑った。 「どうされたのですか?」 眉を顰める原に、柳生はごめんなさいね、と微笑んだ。 「修学旅行の時の事を思い出したのです。仁王くんが今の原さんの様に私が入浴している間見張って下さって」 すると原はやや頬を赤らめ、そして俯いた。 「どうしました?」 柳生は原の隣に腰を下ろし、その顔を覗き込んだ。原は柳生から目を逸らしたまま、いや……と若干躊躇しながら切り出した。 「柳生……先輩、今日仁王先輩の話ばかりするなと思いまして」 「そうですか?」 「ええ。気になってしまうからかも知れませんが」 「……気になる?」 表情を暗くした柳生に、原はもしかして、と慌てて弁解した。 「あの、誤解しないで下さいね!私、仁王先輩に恋心なんて抱いてませんから!!」 「本当ですか?」 「本当です」 首をブンブンと縦に振る原に、柳生はほっとした表情を見せた。 「そうですか、良かった」 「おん……てゆうか、嫉妬もしてくれるのな」 「? 何か仰いましたか?」 「いえ、何でもありません」 そうですか、と柳生はふんわりと微笑み頭を下げた。 「今日一日、大変お世話になりました。有難うございました」 「いえ……」 「貴女が常に傍にいて下さったお陰でとても楽しいひとときを過ごす事が出来ました。しかし」 柳生は一呼吸おくと、目尻をうっすら桃色に染め呟いた。 「……やはり仁王くんが隣にいなくて寂しいと思ってしまうのです。これが恋、というものなのでしょうか」 若干間を置いて、自分の発言に恥ずかしくなった柳生は両膝を抱える手に顔を埋めた。しかし暫く経っても原からの反応がなく、柳生は不安になって顔を上げた。 「原さん……!?」 すると原は柳生を床に押し倒し、その両手首を掴み四つん這いになって覆い被さった。柳生は原の意図が掴めず口を開こうとしたが、見上げたその表情に思わず息を飲む。 「……柳生先輩、」 原は今にも泣き出しそうな、でも酷く嬉しそうな顔をしていた。声を掠らせながら絞り出す彼女に、柳生の目は釘付けになる。 (なんて切ない顔を、) 「実は私、いや、俺――」 Ru Ru Ru …… その時、原の携帯電話が鳴った。 「……すみません」 「いえ」 原は柳生の上から退き、床に投げ出されていた携帯に手を伸ばした。そしてディスプレイに映った名前を見て小さく舌打ちした。 「ほんに怖い男ぜよ……絶対感知して電話寄越したじゃろ」 「え?」 「いえ、何でもありません」 原は通話釦を押し、携帯を耳にあてた。 「今晩は、幸村先輩」 「えっ」 その名前に柳生は驚き、原は言葉尻は丁寧だがどこか不貞腐れた様子でそれに答えた。 「はい……ちゃんとやってますよ……そんな訳ないじゃありませんか」 そしてひとしきり話した後、原はしかめっ面の侭柳生に携帯を渡した。 「お電話替わりました。柳生です。幸村君ですか?」 『うん。柳生、どうしてるかなと思って』 「どうもこうも……貴方の突然の思いつきの所為で身の縮む思いをさせられていますよ。でも原さんを始め、女子テニス部の方々が良くして下さるので助かっています」 『あは。ごめんごめん。まあ何か困ったことがあれば原に相談すればいいよ。柳生の為なら何だってしてくれるよ。何だって、ね』 「え……」 「柳生先輩。そろそろ電話替わって下さい。携帯の充電切れるかも」 「あ、はい」 有難うございました、と柳生は原に携帯を渡し、原は不機嫌な顔でそれを受け取った。そして、 「私と柳生先輩は上手くやっていますから。御心配なく」 と幸村に告げると電話を切った。 (原さんと幸村君、仲が悪かったでしょうか……?) 「柳生先輩」 「は、はい」 原は柳生に背を向けた侭小さく呟いた。 「柳生先輩はもう少し仁王先輩にどれだけ彼の事が好きかって意思表示をした方がいいと思いますよ」 「……?仁王くんにはお慕いしている事、お伝えしてありますが」 「そうじゃなくて」 原は振り向くことなく言った。 「今日みたいに折りに触れて気持ちを言って頂ければ」 「……そんなの、恥ずかしいです。本人の前で、そんな」 「でも不安なんです。自分の事を好いていてくれるか、常に。周りは男ばかりだし、いつ自分から心が離れてしまうかと、怖くて」 「……原さん、」 「――なんてね。余計な事を言いました。すみません」 そして原は柳生を振り返り、ニコッと笑い手を差し伸べた。 「部屋に戻りましょう、先輩」 |