(スカート……学園祭以来ですが、下半身が涼しくて妙に落ち着きません。それに――) 柳生はチラリと原を見る。 「原さん、あの……手」 「はい?」 おずおずと口を開く柳生に、原は上機嫌で振り向いた。 「あの、誠に申し上げ難いのですが……手を繋いで歩くのは、些か恥ずかしいかと」 「そうですか?」 ちょこんと首を傾げる原の右手には、柳生の左手がしっかりと握られていた。 「中学女子がお互い手を繋いで歩くなんて、普通ですよ」 「ですが……」 周りの視線が痛い。中学女子と言っても、二人とも約180cmの長身だ。下手をすれば二十歳前後にも見える大人びた二人が手を繋いで歩く様は否が応でも目立つ。 (しかし楽しそうな彼女に離して下さいだなんて、水を差すようなことは言えません) 原といえば、今にも鼻歌を歌い出しそうなくらいご機嫌だ。今まで深く接したことはなかったが、しかしこんなにテンションの高い人物ではなかったように思う。 (今まで人見知りされていたんですかね……?) 「柳生先輩」 原はとあるテナントを指差した。店の入り口には可愛らしいランジェリーを付けたマネキンが飾られ、中は下着を選ぶ女性たちで溢れていた。 「明日の分の下着を買いましょう」 すると、柳生は顔を赤くし汗を掻きながらあたふたと慌てた。 「あ、あのような店に入るだなんて、紳士道に反します!!」 「――柳生先輩。貴女の性別は何ですか?」 「あ……」 動揺し、又もブリッジを上げようとした柳生に原は苦笑した。 「中身は男性なんですね、柳生先輩」 「申し訳ありません……」 そして柳生は原に連れられるがまま店の中に入ったが、やはりドギマギして落ち着かない。 (その昔、仁王くんたちに面白半分でいかがわしい小道具を売っている店に連れていかれたことはありますが、しかしこの女性たちがランジェリーを手にしている姿というのは変に生々しく、こちらの店に入る事の方が破廉恥な気がすると申しますか……嗚呼、直視出来ません!) 「柳生先輩……?」 「は、はい!!」 原に顔を覗き込まれ、柳生は慌てて返事をした。原は呆れた顔で溜め息をひとつついた。 「真面目に選ぶ気、あります?」 「も、勿論ですとも!!」 (いけません……!彼女も友達とショッピングを楽しみたかったでしょうに、それをわざわざお付き合いして頂いているのです) 柳生は慌てて身近にあったブラジャーを指して言った。 「こちらはどうでしょうか?仁王くんの好きそうな青色です!!ワンピースとお揃いで……」 すると原は壁に頭をガンと打ち付け、その場にしゃがみ込んだ。 「原さん?」 「この天然」 「は?」 何の事でしょう?と柳生が小首を傾げると、原ははあ、と溜め息をついた。そしてその上気した顔を上げると、柳生を横目でちらりと見て言った。 「……見せるんですか、下着姿を、仁王先輩に」 「!!!」 (失言でした……) 柳生は両手に持ったブラジャーにポスン!と顔を埋めた。 (ですよね!仁王くんにこれを着て見せるっていう解釈になりますよね!!……私たち、まだ中学生なのに、そんな、) そして火照る頬をブラジャーから外し、身に付けていた服に手をかけた。結局あの後、小さな花の刺繍で縁取られている清楚な水色の下着と、今手にしている黒いフリルの付いているラメ入りのショッキングピンク(柳生としては肌色のシンプルな下着が良かったのだが、年寄りじゃないんですから!と原に押し付けられた)の下着を選び直し、試着室に入った。ワンピースを脱ぎ下着だけになると、彼女は鏡を見て破廉恥です仁王くん、と呟いた。 (下着に胸は収まりきらないものだと思っていましたが、この下着が特別なだけなんですね。世の女性たちはこんな小さい布地で胸を支えるだけで、よくもああ機敏に動けるものだと感心しておりましたが) そして今まで付けていたブラジャーを外すと、水色の下着を手にし装着した。しかし胸が横から下からはみ出てしまう。 (先程店員さんに測って頂きましたのに……でも胸がしっかり入るような形をしていますから、やはりサイズが小さいのでしょうか?) 柳生は試着室のカーテンから外に顔を出し、店員を呼んだ。 「すみません。この下着、若干小さいようなのですが……」 すると店員は失礼します、とカーテンの中に入り、そしてああ、と優しく微笑んだ。 「サイズは合ってますよ、ただ……」 「ちょっと!店員さんいないの!?」 しかし店員が言い終わる前に外から若い女性の金切り声が聞こえた。店員は眉を顰め、 「――少しお待ち下さいね」 と言うと、カーテンを閉め外へ出て行った。 (どうしたのでしょうか。何かトラブルでも……) 大丈夫でしょうか、と柳生が心配していると、カーテンの向こうに人の影が見えた。 「柳生先輩。どうですか?」 それは原の声だった。柳生先輩の試着が終わるまで暫く外の店を見て来ます、と言って離れていたのだが、待ちくたびれたのだろうか。 (これ以上彼女の時間を割く訳にはいきません。しかし店員さんがいつ戻っていらっしゃるか判りません……斯くなる上は、) 柳生はカーテンから試着室の外に手を伸ばすと、原の二の腕をむんずと掴んだ。そしてそのまま力任せに試着室へと引き入れた。 「なっ……」 「すみません。ブラジャーを着けてみたのですが、少々サイズが小さいように感じるのです。しかし店員さんはこれで良いと仰いました。どういうことか教えて頂けませんでしょうか?……原さん?どうかされましたか?」 原は下着姿の柳生を前に全身を赤く染め、胸を凝視したままその動きを止めていた。柳生が首を傾げ原との距離を詰めると、原はひいっと小さく悲鳴を上げた。 「原さん?」 「あ――えと、着け方が違うのではありませんか?」 しどろもどろに答える原に、柳生は成程、と付けていた下着を外した。 「!!」 「申し訳ありませんが、私に正しいブラジャーの着け方を教えて頂けませんでしょうか」 柳生はにこやかに原へとブラジャーを差し出した。豊かな胸がぷるんと揺れ、原は慌てて柳生の身体を回転させ正面の鏡に向けた。 「原さん?」 「――やや前屈みになって、ブラを着けてみて下さい」 「こうですか?」 「おん……確か姉貴がこうやって付けてた気がするんじゃ」 「? 何か言いましたか?」 「いえ、何も」 柳生は原が言う通りブラジャーを装着し、原はそろりと試着室の外に出ようとした。しかし。 「ふむ……やはり胸がはみ出すようなのですが」 柳生はくるりと回り原の方に向き直った。再び胸の膨らみが視界に入り、原は慌てて目を逸らした。 「――只着けるだけでは駄目ですよ。胸を寄せて上げるんです」 「寄せて上げる?」 どういう事でしょうか?とやはり意味の判っていない柳生を前に、原は汗を流ししばし硬直していたが、いつまでもこうしている訳にはいかないと、意を決し口を開いた。 「柳生……先輩。あの、胸、触っていいですか?」 「はい、いいですよ」 何の疑念も持たず信頼の眼差しを向ける柳生の顔を直視出来ず、原は下を向いたまま失礼します、とブラジャーの中に手を入れた。ぷに、と柔らかい感触と顔を覗かせたきれいなピンク色の突起に頬を染めながら、原は柳生の胸を掴んだ。 「あっ……原さん、少し痛いです」 「!! す、すみません!……加減、判らんのう……」 原は顔を更に赤く染め、柳生の胸をブラジャーに収めた。 「成程、詰め込むのですね!一見窮屈そうに見えますが、これなら胸が固定されて体を動かしても邪魔になりませんね!!」 「……それは良かった……」 「有難うございます、原さん」 笑顔で手を取る柳生に原は礼には及びません、と気もそぞろに試着室を後にした。 「店の外で待ってますから」 「はい。お待たせしてすみません」 耳まで赤く染めたまま出て行った原に、柳生は小首を傾けた。 (男同士では普通に裸を晒しますが、女性では余り無いことなのでしょうか?) 「……」 「どうしたの?トイレなんか凝視して」 「いや、ね……今、試着室から飛び出してきた背の高い綺麗な女の子が、前屈みで男子トイレに駆け込んだのよ……」 |