「どうしましょう……」

あまりの出来事に、柳生は閉ざされた扉の前にへたり込んだまま一歩も動けずにいた。

「柳生先輩」

原は柳生の隣にしゃがみ込み、その肩にそっと手を置いた。

「大丈夫ですよ」
「原さん……」

柳生は目に涙を溜めたまま顔を上げた。すると原は拳をギュッと握って言った。

「新幹線のチケットは全部私が預かっています。柳生先輩の分もありますから心配御無用です」
「……いや、私が心配しているのはそういうことじゃなくて」
「四天宝寺男子テニス部の面々には学園祭で顔が割れてますが、本日・明日共に学内のテニスコートは女子テニス部が貸し切るため彼らの練習はありません。学校に来ることもないでしょう。大丈夫、イケます」
「イケます、って……」
「柳生先輩は有名ですし、四天宝寺の女子の中にも何人かファンがいますが、この間の学園祭に来たのは男子部と女子部のレギュラーだけです。男子部はともかく、女子部は全員三年でしたから、もう引退して誰も残っていません。眼鏡を外してしまえば柳生先輩だってバレませんよ」

目を爛々と輝かせ、原は柳生に迫った。

――ご実家が日舞の家元だけあって、普段は大和撫子の代名詞のような方ですのに、余程切羽詰まっているのでしょう。完全にキャラ違います。

失礼します!と柳生の学生鞄の中を漁り、コンタクトレンズありました!これで眼鏡外せますね……と、ワカメ?何故ワカメが?と首を捻る彼女はハイテンションで、柳生の様子など目に入ってないようだ。

(原さん、私を代打として試合に出す気満々ですね……幸村君もとんでもないことを仕出かしてくれたものです)

柳生が性別を偽ってなければ、おそらく女子テニス部に所属していたであろうし、補欠として柳生が出ることに後ろめたさはない。

――しかし、問題はそこではありません。

柳生の性別はあくまで秘密なのだ。この遠征は一泊二日。物事に敏感な少女たちの、好奇の目から隠し通せるだろうか。

(今回は仁王くんもいませんし)

最後に見た仁王の姿が脳裏に浮かぶ。詐欺師と呼ばれる彼の、あんなに真っ青になった顔は初めて見た。

(仁王くん……)

柳生はズズ、と洟を啜った。と、その時。

Ru Ru Ru ……

携帯が鳴り、彼女は慌ててそれを手にした。着信元は、

「――仁王くん!」
『やーぎゅ!!』

先程別れた彼の声だった。ついさっきまで隣にいたのに懐かしささえ覚え、柳生は目尻に涙を浮かべた。

『大丈夫かお前さん!幸村に投げられて、その、怪我とか……』
「大丈夫ですよ、仁王くん。有難うございます」

対する仁王の声も涙混じりだ。単身放り込まれた柳生への心配は勿論、

『や、そうじゃのうて、いや、それも心配じゃったけど、柳生が傍に居らんとか、俺、どうしたら』

突然柳生がいなくなった事で、パニックも起こしているようだった。

(仁王くんは一見クールな一匹狼に見えますが、実は人見知りが激しいだけなのです……御自身では気づいていないようですが。その分、身近な人への依存が強い)

「すぐ帰ってきますから、ね?」
『何が「すぐ」ぜよ、明日じゃろうが!!』

仁王は耳鳴りがする程大きな声で叫んだ。そして消え入りそうな声で呟いた。

『……柳生は、柳生さんは俺がいなくて平気なの?』

――嗚呼、仁王くん!!

今すぐ側に駆けつけて、その身体を抱き締めて差し上げたい。私が隣にいなくて、心細くて仕方がないのでしょう……なんと愛苦しいこと!涙を滲ませたそのお声、この柳生比呂士しかと心に録音致しました。しかし不安にか細く震えるその姿もこの目に焼き付けたい……帰りたい……!!

『S発動している場合ではないぞ、比呂士』
「だから人の心を読まないで下さいってば柳君。って、え、仁王くんは!?」
『ああ、仁王なら……』

電話の奥で返してくんしゃい返してくんしゃいと泣き叫ぶ声が聞こえ、そして突然止んだ。

「仁王くん……仁王くん!?」
『精市がイップスをかけた。こう泣き喚いてばかりでは、周囲に迷惑をかけるからな』
「すみません……」
『お前が謝ることではない。元はといえば、精市が』
『酷いなあ、蓮二。俺は女子テニス部を救おうと、ね』
「幸村君!!」

幸村の声が聞こえた途端、柳生は一気に我鳴り立てた。

「貴方ね、何て事を仕出かしてくれたんですか!!私に何の断りもなく、女子部に貸し出すなどと……」
『女性が困ってるんだよ?それを助けなくてどうするんだ。紳士の名は飾りなのかい?』
「うっ……」

紳士という単語に、柳生は言葉を詰まらせた。

――確かにレディを助けてこその紳士です。ですけれども……!

『柳生。原さんと話をしたいんだけれど。代わってくれる?』
「……はい……」

柳生は落胆し、原に携帯を渡した。

(今さら何を言ったところで、もう新幹線に乗ってしまいましたし引き返せません。ここは腹を括って、女子に成り切って見せましょう。って、そもそも私は女子ですが。女子を演じながら女子であることを隠さねばならないだなんて、そんな芸当出来るでしょうか。でも)

「――柳生先輩」

原は幸村と一頻り話した後、柳生に携帯を差し出した。

「仁王先輩が柳生先輩と話がしたいって」
「えっ……」

柳生は慌てて携帯を取った。

「仁王くん!?」
『柳生……』

イップスを解いてもらったのであろう、それは紛う方ない仁王の声であった。

『……大丈夫?』
「大丈夫ですよ、仁王くん」

(ここで不安を口にすれば、仁王くんが心配する。私の不在で当惑している彼に、これ以上負担をかける事など誰が出来ましょうか)

「女子部のお手伝いをして参ります。明日には帰りますから、それまで待っていて下さいね」
『……』

仁王はしばし沈黙し、そして静かに口を開いた。

『柳生。これだけは忘れないで』
「なんですか?」
『俺は、俺はいつだって柳生の傍にいるからの!!』

――仁王くん……!

「はい、有難うございます……っ」

(心細さなんて、とっくに見抜かれていたんですね)

いつだって私の気持ちを汲み取って下さる、優しい貴方。
大好きです、仁王くん。




   



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