「有難うございます。荷物まで運んで頂いて……」
「フフ、礼には及ばないよ。女の子に重たいものは持たせられないからね」

恐縮する立海大付属中女子テニス部新部長、原涼香に幸村はニコリと優しく微笑んだ。





立海大付属中男子レギュラー陣はここ、新横浜駅に来ていた。女子部が大阪まで練習試合をしに行くというので、全員で見送りに来たのだ。

「幸村の奴、良い人ぶりおって……」
「不機嫌ですねぇ、仁王くん」

隣で大あくびをする仁王に柳生は苦笑した。

「おん。休みの日にわざわざ集合かけられて見送りとかダルいんじゃ」
「まあ!紳士たるもの、女性には心を配るべきですよ?」
「じゃ、ますます親切にしてやる必要はないぜよ」
「?」

意味が判りません、と柳生が首を傾けると、仁王はニヤリと笑みを浮かべ言った。

「だって俺の中でオンナノコは柳生さんだけじゃもん」
「!!」

仁王の台詞に柳生はあたふたし、仁王は目を細めクククと笑った。

「真っ赤になってカワイイのう――ねぇ、チューしていい?」
「はい!?」

ちょ!何言ってるんですか!!と慌てる柳生に仁王が迫り、口唇の触れる寸でのところで丸井が現れ仁王の頭を叩いた。

「ここ駅!プラットフォーム!所構わず盛るなばか!!」
「何?独り者の僻み?」
「死ね!!」

スパーンと軽快な音と共に再び丸井が仁王の頭を叩き、その横でジャッカルが幸村と原にすまん、と頭を下げた。

「構内をブン太と手分けして一通り巡ってみたんだが、やはりいなかった」
「そうか……」
「すみません桑原先輩、丸井先輩。わざわざ探して頂いて」
「構わねェよ。新幹線の発車時刻はもうすぐだ、乗り遅れたら大変だろう?」
「有難うございます」

原は深々と頭を下げる。その目は不安げに揺れていた。

「連絡つかないんか?その、まだ此処に着いてない奴」
「ええ。携帯電話にかけてみても圏外で……移動中かもしれません」

仁王の問いに原は目を伏せた。

「今回遠征に行くのはシングルス三名、ダブルス二組のレギュラーのみです。補欠はいません。だから彼女が間に合わないと試合が成立しないんです」
「相手は西の名門校、四天宝寺だ。三年が引退しメンバーが入れ替わったこの時期に全国一位を争うライバル校との練習試合――非公式とは言え今後の志気に関わるな」
「その通りです、真田先輩」
「じゃあお前が二人分試合すりゃイーじゃん」
「赤也みたいに脳ミソまで筋肉じゃないから体力的に無理」
「何だよソレ!涼香お前、幼なじみだからって言っていいことと悪いことが……」
「ならこの間の英語のテストの点数を言ってみなさいよ今ここで」
「ぐっ……」
「その辺にしておけ、二人とも」

不毛な言い争いを始めた赤也と原を制し、柳は困った事になったな、と溜め息をついた。

「公式戦で試合をする前に相手のデータの取得及び自分たちの力量を測れる絶好の機会でもある――逃したくないのだろう?」
「ええ」

原が頷いたその時、車内から同じジャージを着た女生徒が飛び出した。

「涼香!あの子と電話通じたよ!!」
「ホント!?」
「今どこにいるんだ?」
「それが……」

するとその女生徒は詰め寄る男子レギュラー陣を前に申し訳なさそうに言った。

「……熱が出て、来れないって」
「何ィ……!」
「――判った。仕方ないよね」

原は一瞬悔しそうな顔をしたが、直ぐにいつもの冷静さを取り戻し、皆に深々と頭を下げた。

「御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「いや……」
「六人で頑張ります……公式戦を踏まえた形での試合が出来なくて残念ですが」

ホームに出発のベルが鳴り響き、原は新幹線に乗り込み有難うございました、と再度一礼し一同に背を向けたが、

「待って」

幸村に呼び止められ振り向く。

「何か?」

すると彼は満面の笑みで言った。

「柳生を貸してあげる」
「え。」

皆が反応する前に幸村は柳生の首根っこを掴み、彼女を新幹線の中へと放り込んだ。

「きゃあああ!?」
「柳生!!」
「流石だな精市。人間を片手で軽々と」
「感心しとる場合か参謀!」

仁王が慌てて柳生を追うが、無情にも目前で鉄のドアが閉じられた。

『仁王くん!!』
「やーぎゅ!!!」
「ばか、危ないだろぃ!ドアから離れろ仁王!!」

柳生はドアに両手を付き、仁王は半狂乱で新幹線に貼り付いた。丸井とジャッカルが慌てて仁王を引き剥がし、真っ青な顔をした柳生を乗せたまま新幹線はホームを後にした。

「嘘じゃろ、やーぎゅ………!」




   



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