「あ」
「どうした、ジャッカル」
「スポーツ用品店に寄っていいか?グリップテープ切らしてたんだった」
「いいぜ。一分につき一ゲーム奢りな」
「馬鹿、金が持たねェよ。コレで我慢してくれ」

そう言うと、ジャッカルはブン太の口に鮮やかな緑色のガムを放り込んだ。

二人は教室を出てから俺の恋(便宜上じゃ!決して恋なんかじゃなか!!)の話は一切しなかった。俺の剣幕に慄いたのか、気を使っているのか――だから、違うと言うに!!しかし今、全力で否定しても火に油を注ぐだけじゃ。どう弁解しようとも、奴等の目には「失恋したかわいそうな仁王くん」としか映らんじゃろ。それだけ今日の俺はおかしかった。自覚はある。

(参謀が変なことを言うからじゃ。ばか!)

「仁王。入らないのか?」

ジャッカルが振り返り、前を指差した。無意識のうちに足を止めていたらしい。見上げれば、見慣れたスポーツ用品店の看板が目に入った。店名の横にはラケットとテニスボールのイラストが描いてある。この店は小さいながらもテニス用品の品揃えが豊富で、立海大付属テニス部はよく此処を利用していた。

(テニス、か)

柳生とのテニスはとても楽しかった。

(明け透けな笑顔も、心底怒った顔も……泣き顔も見たのう)

打ち解けて、心を通わせて。夢中だった。女のことなど今の今まで忘れていた程。そして柳生も、

『私、貴方の事が好きですよ。優しい、仁王くんが』

――ん?好き?

「仁王。おい、仁王!」

そうじゃ!きっと柳生さん、照れてるから姿を見せないだけなんじゃ!!だって俺、よく考えると柳生が好きち言うてくれたから、最大級の愛情表現で返しただけじゃもん……!!

「ダメだ、また自分の世界に入りやがった……」
「――ジャッカル!仁王!!」

と、先に店内に入っていたブン太が突然出てきた。

「どうしたんだ、ブン太」
「いいからこっち来いよ!面白いモノに出会しちまったぜぃ」

ブン太は口唇に人差し指を当てると「静かにな?」と俺らに注意を促し、店の中に入った。俺とジャッカルは顔を見合わせ、そしてブン太の後ろに続いた。

「見てみろよ、奥。ラケットのコーナー」

ヒヒヒとブン太は笑い、奥を指差した。すると、そこには。

「……柳生?あれ、確かA組の柳生比呂士だよな」
「そ。あの堅物が、何と女の子とデートだぜぃ!!」

(なっ……)

そこにはセーラー服を着た少女と仲睦まじく肩を寄せ合い、微笑み合っている柳生の姿があった。ラケットを指差し、時々手に取りながら言葉を交わしている。

「――そういや俺、聞いたことあるわ。柳生には他校に彼女がいるって話。よく一緒に歩いているのを見かけるってさ」
「そーなの?スクープだと思ったのに、つまんねェの……っておい、仁王!?」

俺は逃げるようにその場を後にした。これ以上、柳生のあんな姿を見ていられなかった。

(あれは心を許した顔じゃ……!)

なんだ。そもそも俺と柳生の間に恋とか愛とか、最初から成立する筈もなかったんじゃ。

(柳生に、彼女がいたなんて)




   



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