「ここは……」
「ん。俺ん家」

門をくぐり玄関の扉を開けると「お帰り、珍しく早いじゃない」と中から姉貴が顔を出し、そして俺の隣で頭を下げる柳生を見て凍りついた。

「初めまして、柳生比呂士と申します。夜分遅くすみませ……」
「――お母さん!!大変、雅治が友達連れてきた!!!」
「何ですって!!」

姉貴の声に、奥からお袋も慌てて飛び出してきた。

「まあまあ!アンタが友達連れてくるなんて、初めてじゃない!!」
「そうなん……ですか?」

柳生はまじまじと俺の顔を見る。馬鹿共め、余計な事言うんじゃなか!!

「柳生!手!!」
「えっ……は、はい!」

俺に促されるがまま柳生は右手を差し出した。俺はその手を掴むと「こっちじゃ!」と二階へ続く階段に足をかけた。

「姉貴……お袋……」

そして興味津々な顔で俺らを見ている二人に釘を刺す。お前ら部屋を覗く気満々じゃろ、野次馬根性甚だしい。

「俺の部屋に近づくんじゃなかよ。水も、茶菓子もいらん」
「でも折角来てくれたんだし、おもてなししたいわよ。それにその子、アンタの友達とは思えないくらい真面目で良い子そうだから心配」
「雅治。アンタもしかして、その子に何か悪さをする気じゃないでしょうね?」

――ああもう、どいつもこいつも!!

「知っとる!俺が柳生さんに似つかわしくない事くらい、俺が一番良く判っとるんじゃ!!」

そして俺は柳生の手を無理矢理引いて階段を一気に駆け上がり、部屋に押し込むと扉を閉めた。

「仁王くん、」
「……柳生。それ、俺のパソコン」

何か言いかけた柳生を遮り、俺は窓際に置いてあるパソコンを指差した。

「パスワード教えるから、好きにしてくんしゃい」
「えっ」
「例の写真、実はパソコンに送ってないんじゃ。もしも何かの事故で写真が流出したら、俺もホモのレッテル貼られるからのう。携帯に保存した分はお前さんに消されたし、あれはもう何処にも存在しない。嘘だと思ったらそのパソコンの中、隅から隅まで探せばよか。なんなら壊してみる?」

突然告げられた事実に柳生は目を丸くした。

「どうして。どうして今更そんな事、」
「嫌になったんじゃ、この茶番が」
「茶番?」
「お友達ごっこじゃ」

ああ、言ってしまった。上手く笑えてるじゃろうか、俺。

「脅して、付き合わせて悪かったぜよ。もう開放してやるきに」

すると柳生は表情を曇らせた。

「私、今では貴方の事を気の置けない友人だと思っています。なのに貴方は違うと言うのですか?」

――え?

「何を言ってるぜよ、柳生。お前さん、俺に弱み握られて嫌々付き合ってたんじゃろ?」
「嫌々?貴方こそ何を仰っておいでですか?付き合って頂いているのは私の方です。貴方にとって何の得にもならないでしょうに、私の為に時間を割いてテニスに付き合って下さって。嫌々なんて、そんな事ある訳ないじゃありませんか。逆ならまだしも」

そして柳生はニコリと微笑んだ。

「偏見とか、お互い環境が違いすぎて理解するのに時間がかかってしまいましたが、私、貴方の事が好きですよ。優しい、仁王くんが」

――好き?

「貴方はどう思ってますか?私の事」

俺は、俺は――

「仁王くん?」

(眼鏡、邪魔じゃの)

柳生の眼鏡に手を伸ばす。外してやると、琥珀色の双眸が顕になった。

(丸で宝石みたいぜよ)

「ちょ!仁王くん、何を――」

しかし続く柳生の言葉は最後まで紡がれる事なく俺の口腔内に消えた――消えた?

(あれ?俺、何してる……)

唇の生暖かい感触にハッと我に返る。ああ柳生さん、また目ェ開けっ放しぜよ。こりゃマジで誰ともチューしたことないじゃろ、じゃなくて!!

「う、うわああああああ!!!」

俺は慌てて柳生から身体を離した。

「その、あの、ええと……これは事故!誰かに背中を押されたとか、塀を乗り越えたら実はその向こう側に人がいてぶつかっちゃった的な、偶発的な事故じゃけぇ!!」






――って、どこら辺が偶発的で、どこら辺が事故ぜよ!!




   



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