「仁王」 「参謀か。おはようさん」 「どうした。ウチのクラスに何か用か?」 「そういや参謀もA組じゃったな。柳生を探してるんじゃが、何処へ行ったかのう?」 「比呂士なら授業で使用した教材を片付けに資料室へ行った。間もなく帰ってくると思うが」 「そっか。じゃあそれまで待たせてもらうぜよ」 俺は2-Aと書かれた表札をくぐり、教室の中へと入った。 「柳生さんの席、何処?」 「あそこだ」 柳は窓際の席を指差し、俺はそこに腰を下ろした。すると柳がその隣の席に腰掛けた。 「『比呂士』」 「?」 「仲良しなの?お前さんたち」 「ああ、良い友人だ。出席番号が前後しているから何かと話す機会が多いし、自然とな」 「成る程ね、合点がいったぜよ」 「……意味が判り兼ねる」 「だって柳と柳生って合わなさそうじゃもん」 「――は」 これは面白い事を言う、と柳は一笑した。 「何故そう思う?」 「だって二人とも勉強が出来るち言うても柳生はこつこつ地道に頑張る真面目な優等生、対してお前さんは天才肌のマッドサイエンティスト」 「ふむ。否定はしないな」 「人への接し方だって違う。お前さんは言葉の一つ一つ、素直に受け取らず豊富な知識でその裏の意味を読もうとする。でも柳生は目を見て言葉の真意を探るんじゃ」 「――その分析だと、比呂士はお前の最も苦手とする人種に思えるが。最近よく二人でいる姿を見かけるな。何故だ?」 あ、又だ。又『比呂士』ってゆった。何だろう、もやもやする。柳生の名前だしそう呼ばれてもおかしくないのにのう、何故か気持ち悪い。違和感?か?んー…… 「……今度、俺もそう呼んでみようかな」 「仁王?」 「あ、すまん。こっちの話ぜよ。で、何だっけ?」 聞いていなかったのか、と柳は呆れた声で言った。 「お前と比呂士の仲だ。噂になっているぞ」 「ん?俺と柳生さんの蜜月っぷり?」 すると柳はしかめっ面になり、俺はそれが可笑しくて笑った。 知ってるぜよ、柳生と普通におしゃべりしているだけなのに周りは珍獣をみるような目つきで俺らを見るの。交わる筈のない不良と優等生だもんね、俺と柳生。 「そりゃ最初は澄ました顔していけ好かない奴、と思ってたぜよ。でも話しているうちに意気投合してのう」 からかい半分でテニスコートに連れ込んだあの日。思いの外テニスが上手く、思いの外……道を外すことを良しとはしないけれど俺らを毛嫌いする訳でなく許容する柔軟性があって、でもそこに付け込んで騙そうとするとしっぺ返しを食らうしたたかさを持つアイツに興味を持った俺は。 『次。いつしよっか?』 『――えっ』 アイツが奢ってくれたジュースを片手に一頻り話した後、有難うございましたと頭を下げ去ろうとしたその腕を掴まえて約束を取り付けた。それ以降、俺と柳生は部活の終わった後や部活のない早朝に待ち合わせてテニスをするようになった。 (驚いてたな。まあ、一番驚いたのは俺自身なんじゃが――…実はお節介焼きだったのかのう) 「嘘だ」 柳は俺の言葉を一蹴した。心なしか口調が厳しい気がする。訝しんでいるだけじゃなくて―― 「お前たちのどこに性格の合う要素がある。更に付け加えるならば、部活も違う、クラスすら一度も同じになった事はなく、接点すら丸でない。別々の世界に住むお前たちが、何故」 敵意すら感じるこの言い草。 (俺ってそんなに信用ないのかのう) 多分柳は。 「俺と柳生さんが付き合うの、反対?」 「ああ」 やっぱり。返答にコンマ一秒もかからなかったぜよ。 (心配してるんじゃろな。柳生が詐欺師の毒牙にかかるのを) 「じゃあ柳生に仮死の毒を飲ませて俺は毒を飲む」 「比呂士がお前の短剣で後を追うとでも?」 「おん」 「『ロミオとジュリエット』――大層な話を例に上げたものだな。でも残念ながら死ぬのはお前だけだ。比呂士はお前の後など追わん」 そして柳は目を開き言った。 「はっきり言おう。お前と比呂士が理由もなく共にいるのは極めて不自然だ――お前が何かしらの目的で比呂士を脅している確率98%」 ああ、やっぱり疑っちょる。俺は溜め息をついた。 「お前も柳生のオトモダチなら判るじゃろ?脅しに乗るようなタマじゃないぜよ。神経割とごんぶと――」 『この写真――バラ巻かれたくなかったら、素直に理由を話しんしゃい』 (――あ?) 「おや、仁王くん。どうされたのですか?」 名を呼ばれ顔を上げると、いつの間に教室に帰ってきたのか柳生がそこに立っていた。 (そうだった。俺は柳生を脅して) 「お前に用事があるそうだ」 「まあ、そうでしたか。お待たせして申し訳ありませんでした――で、私に何の御用ですか?」 柳生はにこやかに笑みを浮かべ問うた。最近では俺に対する警戒心はすっかり解け、気の置けない友人に向けるような表情も見せるようになった。そう思っていた。けれど。 (俺があの画像をバラ巻くのを恐れて媚びてるだけなの?俺を懐柔して画像を消去させようとしているの?) 「仁王くん?」 俯いた俺の顔を柳生が覗き込んだ。心配そうに眉を顰め、眼鏡の下では琥珀色の瞳が揺れていた。 「どうしたのですか?いつもの元気がないようですが」 「――教科書」 「え?」 「英語の教科書。今日柳生のクラス、英語あるち言ってたじゃろ?俺、今から英語の授業なんじゃけど、教科書忘れたの。貸してくんしゃい」 「あ――はい」 柳生は机の中から英語の教科書を取り出して俺に手渡した。 「落書きしないで下さいよ?」 「……ナンシーはパンチパーマが似合う女なんじゃ」 「えっ、ちょっと!!」 慌てる柳生を置いて俺は教室を後にした。 (俺に見せる顔、全てペテンなの?) 「どうしたのでしょう、仁王くん。暗いお顔をされておりましたが……」 「――仁王に悪い事をした。どうやらお前を想う気持ちは本物だったようだ」 「えっ」 どういう意味ですか?と問う柳生に、柳は己の机の中から英語の教科書を取り出してその上に置いた。 「柳生と同じクラスなのだから、当然俺も教科書を持っていたし仁王もそれは判っていた筈だ。俺から借りれば直ぐ済む事だった、なのに奴はお前を待った――やっかいな事になりそうだ。否、寧ろ喜ぶべきなのだろうか。あの情の欠落した男が」 「……あの、柳くん。すみません、話がサッパリ見えないのですが」 すると柳はくすりと笑った。 「仁王はな、お前のロミオになりたいのだそうだ」 |