『お願いします!!』 ――さっきの仁王くん。頬をほんのり桃色に染め、若干汗も掻いてらっしゃいましたね。 (丸で告白されているようでした) 有り得ませんが、ね。 「メインホール、メインホールと……あ、あそこじゃ」 「音が漏れてきていますね。バンド演奏か何か行われているのでしょうか」 「そういや赤也がバンドするんじゃった。もう終わっちまったかのう」 「……ところで仁王くん」 柳生は目を左右に動かし声を落とした。 「何じゃ?」 「さっきから周りの視線を感じませんか?」 「そうじゃのう」 メインホールに近づくにつれ、すれ違う人々がこちらをやたらと見ている気がする。いくら仁王が目立つ外見をしているとは言え、今は立海の制服を着用しているしそんなに人々の注目を浴びるとは思えない。首を捻りながら二人はメインホールに足を踏み入れた。 「あ、仁王とその彼女じゃん!」 「やあ。来てくれたんだ、嬉しいよ」 すると入り口で青学の菊丸と不二に出会った。 (……来てくれたんだ?) 『学園祭が終わる頃には写真を現像してメインホールに貼り出すから宜しくね』 (あっ) 傍らを見ると仁王も忘れていたようで、そうじゃったのうと頭を掻いた。 「君たちの写真、メインで使わせてもらったよ」 「メイン!?」 「俺らのラブラブチュッチュしている写真をか!!」 「ら、ラブラブチュッチュ!?」 「うーん、ラブラブチュッチュっていうか」 不二はあそこを見て、とホールの一角を指差した。模擬店の賑わいやイベントの盛り上がりを収めた写真が壁に無造作に貼られ、その中に一際大きく引き伸ばされた写真があった。 「君たちさ」 そこには氷帝の女子制服とバーテン服を着た二人が写っていた。身体のどの部分も触れ合っておらず、只向かい合い立っているのみで恋人間の甘い営みはない。しかしお互い顔を朱に染め、絡む視線は熱を孕んでいた。仁王の握り込まれた拳も柳生の胸の前で組み合わされた手もじっとりと汗ばみ緊張が伺える。これは宍戸・鳳と別れた後、柳生が仁王の名前を呼んだ時の―― 「まだカップル成立してないでしょ?」 ――……!! 「そんな事ないぜよ。両想いナリ。なぁ、ヒロ……」 仁王は柳生を抱き寄せるべくその肩に手を伸ばした。しかし 「触らないで下さい!!」 柳生はピシャッと平手で仁王の手を払った。 「お前さん、何を……!」 仁王は動揺し目を見開いた。当の柳生も反射的に手が出たらしく、己の行動に戸惑っていた。しかし意を決したように両手をギュッと握ると、掠れる声を何とか搾り出し仁王に告げた。 「私の我儘で貴方を振り回し非常に申し訳ないのですが、でも……偽りの愛に過ぎないのなら」 「偽り?」 「これ以上はお互い苦しい思いをするだけです――もう止めにしましょう、仁王くん」 柳生はにこりと笑った。 「今日一日お付き合い下さって有難うございました」 そして仁王に一礼すると、踵を返しメインホールの出口に向かい駆け出した。 「あれ?これって仁王フラれたの?」 残念無念また来週〜と言い終わる前に、仁王は菊丸の胸倉を掴んだ。 「そんな筈はなか!柳生が一番好いとうのは俺なんじゃ……!!」 そう凄むと菊丸を突き飛ばし、写真をちらりと見ると柳生の後を追いメインホールを飛び出した。 「いたーい!!何なんだよ、仁王のヤツ」 「あはは、今のは英二が悪いよ?」 不二は菊丸をコツンと小突き呟いた。 「あの娘、やっぱり柳生君か」 「待つんじゃ、ヒロ!!」 柳生は仁王を振り切ろうと必死で走った。しかし通りは人々の波でごった返しており思うように進めない。程無く捕まり、柳生は人気のない広場に連れ込まれた。 「離して下さい、もう私に構わないで――…!」 柳生は仁王の手を振り解こうとするが、両腕を強固に拘束され叶わなかった。 「何故そんな事を言うんじゃ、納得がいかん!俺、お前さんに何かしたかのう!?」 「いいえ、貴方は私に良くして下さいました」 「じゃあ何……俺が嫌いになったの?」 嫌だ、と歪む仁王の頬を、柳生は優しく撫でた。 「……辛いんです。無理をして、私を恋人として扱って下さる貴方といるのが」 「え……」 「ごめんなさい、私」 そして柳生は一呼吸置くと、悲しげに告げた。 「貴方に本当の恋をしてしまいました」 瞬間、仁王の目が大きく見開かれ、柳生を拘束していた腕が落ちた。 「や……」 「だから今日一日、貴方の優しい嘘に甘えて良い想い出を作ろうと思っていました。でもやはり仮初でしかなくて」 『まだカップル成立してないでしょ?』 不二の言葉が頭を過ぎる。柳生は目を伏せた。 「仁王くんが恋人として隣にいてくれるのが嬉しい半面、虚しさが募るばかりで。だからもう止めにします、貴方への恋も何もかも。それがお互いの為です」 「なっ……」 仁王は再び柳生の両肩を掴んだ。 「嘘って何ぜよ、止めにしますってどうして!!俺だってお前さんのこと、本気で恋人だと――」 「『俺の好みじゃないぜよ』」 「!!」 「嘘つき……もう貴方のペテンには騙されません!!」 そして柳生は悲鳴にも似た叫び声を上げた。 「恋人だなんて言わないで!貴方の優しさは残酷だ!!」 仁王は反論すべく口を開くも、柳生の頬を伝う涙に動揺し言葉にならなかった。すみませんでした、と柳生は涙を拭き、微笑みながら仁王とそして自分自身に引導を渡した。 「さようなら、仁王くん ――出来ることなら、貴方に適う私になりたかった」 |