何とか店先での事件は収集がつき、柳生は跡部と忍足を店の中に案内した。

「堪忍な、嬢ちゃん。騒ぎにしてしまって」
「いいえ。私を心配してきて下さったんですもの、謝らないで下さい。寧ろ気にかけて下さって、私、嬉しいんですよ?有難うございます」

丸井君にお願いしてとびきり美味しいスイーツを作って貰いますね、と柳生が微笑むと、忍足はほう、と溜め息をついた。

「ほんまにええ娘やな、嬢ちゃん。あの詐欺師には勿体無いわ」
「えっ」

瞬間、柳生の顔がぼぼぼと朱に染まった。

「あ、えと、その」
「隠すな、バレバレだ」
「さ、さいですか……」

恥ずかしい、と柳生は火照る頬を抑えた。

「あの、仁王くんには私の正体含め、くれぐれも内密に……」
「へ?」

跡部と忍足は首を捻った。

「……まだ仁王はお前の正体に気付いてないと?」
「ええ」

柳生の返事に二人はぽかんと呆気にとられた顔をした。

「あんなあ、嬢ちゃん……」

忍足は跡部をチラっと見た。跡部が黙って首を縦に振ると、忍足は言いにくそうに口を開いた。

「多分、仁王にバレとると思うで。嬢ちゃんの正体」
「……そうかも知れませんね」

先程、仁王を宥めた時。あまりに日常的に使っていた台詞だったから何度とかいつもとか口からするりと出てきてしまい、あ、マズいかも、と思ったが、仁王は訝しむ事もなく自然に受け入れ、そして

『いつもみたいに、安心させて』

(仁王くん……)

「既に何人か私が柳生だと気付いていらっしゃいます。誰よりも傍にいて、尚且つこの姿になった後もずっと一緒にいますから、気付かれていてもおかしくはないと思います。仁王くんは鋭い観察眼の持ち主ですからね」
「じゃあサッサと正体明かして告白なり何なりすればいいだろう」
「駄目です。明かしては駄目なんです」

跡部の言葉に、柳生は悲しげに微笑んだ。

「もしかすると、仁王くんは私の恋心まで見抜いた上で敢えて私の正体に気づかないふりをしていらっしゃるのではないでしょうか。私は彼にとって一番の親友であり、恋愛対象ではない。だから、自分に恋する柳生比呂士の存在は認めてはいけないんです」
「おい、それは考えすぎ……」
「では何故私を柳生と呼んで下さらない!!」

『いつもみたいに』

――仁王くんはきっと、私が柳生と判ってる。

『地味な女』
『パッとしない女』






『俺の好みじゃないぜよ』







(仁王くんが愛して下さるのは恋人の私でなく、親友の私)

「――柳生、」

周りの視線とざわめきに柳生はハッとする。

「すみません、取り乱しました」
「いや……」
「私の想いは仁王くんには煩わしい物以外の何物でもありません。だからなかった事にするんです」
「……お前、それでいいのか?」
「ええ。それが仁王くんの望んでいることならば」

柳生はニコリと微笑んだ。

「私、仁王くんを愛していますから」
「……!」

跡部は椅子から立ち上がり、柳生の両肩を掴んだ。

「お前ら、焦れったすぎる!!」
「跡部君……?」
「あのな、よく聞け。仁王もお前の事を――」
「跡部」

忍足が跡部の左肩を掴む。

「座れ」
「忍足……」
「お前が言う事やないで。な?」

気持ちは判らへんでもないけどな?と微笑むが、レンズの奥の瞳は笑っていない。跡部はフン、と再び腰掛けた。

「嬢ちゃん。無理して笑わんでええから」

忍足は柳生の頭を撫でて言った。

「辛かったら俺らの所にいつでもおいで。何なら俺の彼女になる?嬢ちゃんなら大歓迎やで」
「忍足君……」

柳生はクスクスと笑い、有難うございますと頭を下げた。













「――判ンねェ」

柳生が去った後、跡部はふてくされた様子で口を開く。

「何故止めた?」
「……景ちゃんは優しい子やなあ。嬢ちゃんの事、痛々しくて見てられなかったんやろ?」

でもなあ、と忍足は続ける。

「もどかしいだろうけど、見守ってやろうや。柳生はああ言うけど心の奥底では自分を彼女として扱ってくれている仁王をまだ完全に諦めきっていないだろうし、仁王は仁王で柳生に自分を一番好いてると安心させて欲しいと思っとる。信じるのは簡単じゃないんやで……外野が両想いや何やと言っても、結局お互いの言葉や仕草で確かめるしかないんや」
「……フン」
「チャチャ入れたらアカンで。今時有り得へん程真面目に恋をしているんやから、あの子ら」
「――おい、お前ら」

テーブルに影が落ちる。見上げると、そこには噂の主が立っていた。

「仁王。なんや、怖い顔やな」
「……さっき、柳生と揉めてたじゃろ。何をした?」
「直接柳生に聞けばいいだろ」
「柳生は何も言わん。そういう女じゃ」
「お前に心を開いてへんから話してくれんのとちゃう?」

忍足の言葉に、仁王は眉間の皺を更に深くした。

「……言ったじゃろ。人の彼女を誑かすんじゃなか、と」
「何言ってんだ、誑かしてるのはお前の方だろ、アーン?」
「そやなあ――

何も見えてないお前が嬢ちゃんを幸せに出来るとは思えへんのやけど」













「――仁王くん!!」

らしくなくぼんやりしている仁王に、柳生は首を傾げた。

「どうしました、仁王くん?」
「いや……何でもなかよ」

柳生はメイド服から氷帝の制服に着替えていた。料理の材料も底をつき、丸井のスイーツも完売したため店はお開きとなり、柳生は後片付けも手伝うと申し出たのだが、そこまで他校である彼女にさせられないと仁王付きで送り出されたのであった。

「どこも軒並み店じまいしとるのお……メインホールにでも行ってみるかの?イベントはまだやっとるじゃろ」
「ええ……」
「……?どうした、ヒロ」

仁王が傍らを見ると、モジモジと柳生が何か言いたそうにしていた。

「あの……ああ、でも御迷惑ですよね、いけません、そんな……や、何でもありません」
「……言ってみんしゃい。気になるじゃろ」

仁王に優しく諭され、柳生は頬をほんのり赤くし呟いた。

「笑わないで下さいね?」
「おん」
「腕……組みたいです。貴方と」

そう言った後、柳生はとんだ乙女思考ですよね!恥ずかしい!!と両手で顔を覆い俯いた。

「……」
「……仁王くん?」

無言の仁王に不安になった柳生が顔を上げると、彼はゴシゴシと右腕をシャツで拭いていた。そして、

「お願いします!!」

と柳生にその腕を差し出した。

「は……はい!」

柳生は恐る恐る仁王の腕に手を伸ばしキュッ、と掴んだ。

「有難う……ございます」

頬を染め嬉しそうな柳生を見て、仁王は小さく呟いた。

「逆じゃ。お前さんを幸せに出来るのは俺だけぜよ」




   



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