「ただいまー」 模擬店の入り口で会計をしていた柳の元に幸村と真田が姿を現した。 「おかえり。祭りを十分堪能したようだな」 「やだなあ。俺たちは立海代表として実行委員の仕事をしていたのに、遊んでいたみたいな言い方はないんじゃない?」 「じゃあお前の頭のお面や弦一郎の抱えているヨーヨーや綿飴の袋やタレの付いた発泡スチロールの残骸はなんだろうな」 「幻じゃない?」 申し訳なさげに顔を背ける真田の隣で、幸村はニコニコと笑って言った。 「ところでフロアに見かけない顔がいるんだけど。あの娘誰?」 柳生を指差す幸村に、柳はああ、あれは、と答えた。 「跡部の従姉妹だ。名をヒロと言う」 「氷帝の娘なのかい?」 「ああ」 「は!?何故氷帝がこんな所にいるのだ!?」 「仁王が連れてきた。逆ナンパされたとか言っていたが詳細は不明だ。無償で手伝うと申し出てくれたのでな、好意に甘えて店の手伝いをしてもらっている。頭も切れるし、なかなかの働き者だぞ」 「なぬ!?それは礼を言わねばならん!」 と言うや否や真田は柳生の下に向かった。柳生に声をかけ頭を下げる真田に幸村は律儀だねーと笑った。 「しかしあのやーぎゅやーぎゅ煩い仁王が浮気するなんて意外だね」 幸村の台詞に柳は眉を顰める。 「何を言っているのだ精市。お前が判らない筈はないと思うが……ワザとか?」 「え?」 「あれは比呂士だろう。顔といい、美しく無駄のない立ち振る舞いといい」 「……そう言えばそうかな」 「判らないのは弦一郎くらいかと思ったが」 意外だ、と柳が言うと、だって、と幸村は返した。 「柳生を見てみなよ」 「?」 幸村に促され視線をやると、真田と柳生の間に仁王が割り込み、柳生を腕の中に庇うと真田に罵声を浴びせていた。多分いつもの柳生さんに近付くな加齢臭が移る等の独占欲丸出しな発言をしているのだろうが、柳生の態度が普段の彼女とは異なっていた。困った人ですね仁王くんは、と穏やかに微笑み愛おしそうに頭を撫で自分から離れない仁王を交わす、まあ今の姿ではそれは難しいだろうが、それでも仁王の腕の中に大人しく収まり尚且つ頬を染め俯くなど、 「丸で恋する乙女のようだよ。俺の知る柳生じゃない」 「ふむ……」 「お姫様、やっと王子様に気が付いたの?」 「そのようだな」 「でも仁王→→→→←柳生が仁王→←←←←柳生になった感じ?いつもに比べて仁王の勢いがないんだけど」 「――奴は今、嫉妬で何も見えていない。柳生が振り向いてくれたのにも気付くことが出来ず、傷つけて、」 「こんな所でメイド服来て何やってんだお前は」 「噂通り、ごっつぅ可愛いやん。この均整のとれた脚が堪らんわあ」 「跡部君!忍足君!」 店先で悲鳴にも似た歓声が上がり、何事かと柳生が覗くとそこには先程別れた氷帝の跡部と忍足がいた。 「模擬店の手伝いをしています。手伝いと言いますか私、本来ならば今の時間にシフトが組まれていましたからその穴埋めです」 「真面目やんなあ。相方は隙あらばサボろうとしてたようやけど」 「……お恥ずかしい限りです」 「しかしお前、氷帝の名で立海の手伝いをするとはどういう了見だ、アーン?」 「あっ……」 すみません、何か不都合が!?と焦る柳生に、代わりに忍足がそんなのあらへん、意地悪やな景ちゃんはと笑って答えた。 「逆に立海に大きな貸し作れたわあ。知っとった?嬢ちゃんのメイドさん、なかなかの評判やで。跡部の従姉妹なのに物腰が柔らかい、言うてな」 「フン」 「それでいて凛として上品なところは流石お嬢様やっちゅー話や。その上スタイル抜群の別嬪さんとくれば、人気出ない筈はないで?只……」 忍足は苦笑して柳生の背後を指差す。柳生が振り向くとそこには、 「――仁王くん!」 「怖い彼氏付きやからなあ」 不機嫌な顔をした仁王がいた。 「お前ら何しに来たんじゃ」 「従姉妹の様子を見に来て何が悪い?」 フフン!と跡部が鼻で笑い、仁王はますます不快感を顕わにした。 「仁王くん……」 ――宍戸君との会話の中で跡部君の名前を呼んだとき、仁王くんは嫉妬していると仰いました。ではこれも嫉妬、なのでしょうか?仁王くんは良かれと思って私の為に恋人としての演技をして下さっているのでしょうが、しかし店先で揉め事は困ります。この険悪な雰囲気をどう打破すれば…… うん、『柳生比呂士』と誰かが話している時、仁王くんが嫉妬することは今まで何回もありました。仁王くんは親しい人間には非常に甘える方ですから、構ってあげないとダダをこねるのです。そういう時、私は彼に……ああ、そうか。 「仁王くん」 柳生は仁王ににこりと微笑みかけた。 「ヒロ……」 「困った人ですね。何度同じことを言わせるおつもりですか?」 そして彼の手をとって、 「いつも言っているでしょう?私は貴方が一番好……」 とお決まりの台詞を言おうとした。しかし最後まで言い切ることが出来ない。柳生は真っ赤になって俯いた。 ――言い慣れている台詞なのに言えません。意識してしまうと、て、照れてしまって……!思えば私、無意識とはいえ今まで仁王くんに愛の告白を数え切れないくらいしていたんですね……!は、恥ずかしい!! 「……ヒロ」 重い声に柳生は顔を上げた。仁王の不機嫌度は増しているどころか 「跡部の前だから言えんのか?」 と更に絶望にも似た色を浮かべ、踵を返した。 ――え?跡部君の前だから?どういう意味でしょうか。人前だから、という理由ではなさそうです。そうであれば跡部君だけを名指しで上げることはないでしょうし、不機嫌になるにしてももう少し、コミカルに拗ねる筈。やはり私と跡部君の仲に嫉妬、という考えで良いのでしょうか。私の彼氏としての演技?嗚呼、でもそれだけでは説明出来ない、何かが…… 「……又か、お前さん」 柳生は仁王のシャツを掴んでいた。 「すみません」 頭で考えるよりも早く手が出ていた。考えはまとまらないままだが、今引き留めないと仁王が永遠に何処かに行ってしまう気がした。 「……跡部君の前だから、ではありません」 柳生は振り向いた仁王の目を真っ直ぐ見つめて言った。 「貴方の前だから、です」 ――私、貴方が好きです。貴方に恋をしています。しかしこの過ぎた想いは貴方を遠ざける。だから好意を持っていると、それだけ 「判って下さい、仁王くん」 柳生の瞳が自然と潤む。仁王は一瞬眼を大きく見開くと、柳生の頬に手を伸ばした。 「お前さん、顔赤い」 そう曰う仁王の頬もほんのり赤く染まっている。 「言ってよ」 仁王はゆっくりと柳生に頬を寄せた。 「え……」 「俺に愛を誓って。いつもみたいに、安心させて……」 いつになく切羽詰った仁王の面持ちに、柳生の瞳が揺れた。 「……におう、く」 「何を騒いどるか――ッッ!!」 突然辺りに怒声が響く。柳生はビクっと肩を震わせ、店の入口を見た。 「……真田くん。」 「――ぬ。騒ぎの主はお前たちか?」 真田は柳生と仁王をギロッと睨んだ。 「……空気読め、バカ」 「よういわんわ」 「む!氷帝の跡部と忍足!!いきなり現れて溜め息とは、たるんどる!!」 |