061:子供の頃の【約束を果たしに帰る】


 魔界統一トーナメント終了後、後処理も終えた幽助は人間界へ帰って来た。
 予定より早くなってしまったが、幼馴染の少女との約束を果たすために。
 先に戦友に会っていたために、すっかり遅くなってしまった。
 空には月が上がり星が輝いている。
 幽助はガラにもなく緊張していた。
 いや、相手が彼女だからこそ緊張しているのだ。
 久しぶりに会う彼女は一体どんな反応をするだろうか。
(……ここにいても始まらねーしな)
 頬を叩いて覚悟を決めた幽助は、約1年半ぶりに雪村食堂の引き戸を開けた。
 出来るだけ何でもない風を装って。
「ちわーっす」
「おっ、幽ちゃん。久しぶりじゃねーか!」
「いらっしゃい! 相変わらず元気そうだねぇ」
 幽助を迎えたのは店主とその妻で、肝心の約束をした少女はいないようだった。
「久しぶりっす。おっちゃんとおばちゃんも元気そうだな。……ところで蛍子は?」
「今ちょっと外に出てんだ。すぐ帰って来ると思うから座んなよ」
 店主に促されて素直に座る幽助。
「蛍子から聞いたけど、遠いとこに行ってたんだって?」
 妻の方が笑顔でお茶を出しながら何気なく聞いてきた。
「うん、まあ」
 幽助は曖昧に答えて出されたお茶をすする。
 その後も適当に会話を続けていると、ガラガラと店の戸が開いた。
「いらっしゃ……何だ、蛍子か」
「何だとは何よ。寒い中、頼まれたもの買ってきたのに」
「悪い悪い。幽ちゃん来てるぞ!」
「え…………ゆう、すけ……?」
 呟いた蛍子からそれ以上の反応はなかった。
 驚いているのか、喜んでいるのか、怒っているのか。
 どれも当てはまりそうで、彼女が今どんな思いでいるのかは幽助にはわからない。
 幽助は立ち上がって蛍子の傍まで行き、彼女の手から荷物をとった。
 それをカウンターに置き、彼女を振り返る。
「帰って来たとこ悪ィんだけどさ、ちょっと出ねーか?」
 幽助の誘いに、蛍子はただ頷いた。
 食堂を後にして当てもなく街中を歩く。
 蛍子とこんな風に歩くのは久しぶりだった。
 幽助は帰って来たらもう一度言おうと思っていた言葉がある。
 しかし、予定より早く帰って来てしまったために言えなくなってしまった。
 自分の責任だが、予定が狂って正直動揺していた。
 何を言おうか考えて、でも思いつかなくて、頭の中はずっとぐるぐるしている。
 ――いつの間にか、小さい頃によく遊んだ河原に来ていた。
 魔界に行く前に幽助がフラれた場所でもある。
 そこに、2人であの日の様に並んで座った。
 静かに流れていた時間を終わらせたのは蛍子の方だった。
「魔界での生活は楽しかった?」
「……まあな」
「じゃあ、何でこんなに早く戻ってきたのよ」
「何だよ、戻ってきちゃダメなのかよ」
「だって、楽しかったんでしょ?」
「……こっちには、あっちにないもんがあるからな」
「ふ〜ん」
 ……そこで会話が途切れた。
 けれど、居心地は悪くない。
「……オレさ、ずっと独りだと思ってたんだ」
「何言ってるのよ。温子さんだって、私だって、いつも傍にいたじゃない」
「うん。でも、1回死ぬまで気づかなかった」
「バカだから仕方ないわね」
「うるせーな」
「ホントのことでしょ」
 ……また、会話が途切れた。
 やっぱり居心地は悪くない。
「オレ、また魔界に行くと思う」
「……そう」
「でも、必ず帰ってくる。オレが帰りたいと思う場所は……ここだから」
「……そういえば、まだ言ってなかったわね」
「何を?」
「おかえり、幽助」
「……おぅ」
 そこには笑顔の蛍子と照れる幽助の姿があった。


END.

2014.02.09



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