100:かりそめの【誓いをした、あの夜】 すっかり日は沈んで暗闇が広がっている。 幽助は屋台の客が途切れて一息ついていた。 夜空にはわずかな星々と、丸い月が浮かんでいる。 今夜は満月だ。 幽助はふと思い出した。 もう何年も前のことだからすっかり忘れていて、思い出したことさえ不思議だった。 そういえば、あの時もこんな寒い季節だった、と幽助は思った。 (蔵馬は何であの時……) 思考にふけりそうになった時、屋台ののれんが動いた。 「こんにちは」 「お、蔵馬じゃねェか。久しぶりだな。何にする?」 注いだお冷を差し出しながら注文をとる幽助。 「じゃあ、チャーシューメンで」 ナイスタイミングだ。 余裕がなかったからか、あの時は気にも留めなかったのに、今さら聞きたい内容が出来てしまった。 「蔵馬ってウソつきだよなー」 「何ですか、いきなり。何か約束してたっけ?」 「いんや」 幽助は首を横に振って注文された品を作り続ける。 ……聞いてみようか。あの日、何であんなことを言ったのか。 「オメェさ、初めて会った時こと、覚えてるか? あ、いや、正確には2……3度目だな。病院行った時だよ」 「もちろん」 「ホントかよ〜?」 蔵馬の記憶力が高いのは知っているし、疑っているわけではなかったが、 予想以上にはっきりした答えが返って来たのが、幽助にとっては意外だった。 蔵馬は、ホントですよと笑って返した。 「じゃ、自分で言ったことも全部覚えてんな?」 「そう言われると自信がないけど……。何か気になることでも?」 「……今ここで言ってみてくれよ」 「どこから?」 「んー、屋上に移動したとこから」 幽助が聞いてみたいのはもう少し後の方だったが、 興味本位で蔵馬の記憶力を試してみたくなったのだ。 母親の病室から屋上に移動した後、蔵馬は自分の過去を語った。 それは、決して短い内容ではなかったと記憶している。 「…………秀一っていうのは人間界でのオレの仮の名前さ。そしてあの人は――」 自信がない、とか言いつつ蔵馬はすらすらとしゃべっていく。 ただ、あの時とは違って感情がこもっておらず淡々としていた。 お願いしたのは幽助だったが、蔵馬の言った内容を全て覚えているわけではない。 覚えていられるほど記憶力に自信はないし、また覚えている必要もなかった。 重要なのは一点だけで、そこさえ蔵馬が覚えていてくれれば 他の部分は忘れてしまっていても構わないと思っていたほどである。 けれど、あの日と大きな相違はないように感じた。 さすがは蔵馬だ。 作業をしながら幽助はそんなことを思った。 不意に、よどみなく話し続けていた蔵馬の唇が止まった。 チャーシューメンを作っている手を止め、顔を上げる幽助。 「……何だよ、忘れちまったのか?」 正直、ここまで正確に覚えているなら(あくまで幽助の記憶の範囲内でだが)上出来だとは思う。 しかし、幽助が知りたい肝心な部分の一歩手前で口を閉じたのが気に入らなかった。 もし、そこだけ忘れてしまったのなら、ずいぶん都合のいい記憶力である。 「――それさえ叶えば宝を返して、オレは自首する」 「……何で、そんなこと言ったんだ?」 「罪を償うべきだと思ったからさ」 「ウソつけ。おめーは鏡の代償を知ってたじゃねェか」 つまり、最初から自首など出来ないとわかっていたのだ。 暗黒鏡を使用したら死んでしまうのだから。 「なるほど。それで‘ウソつき’ですか」 「何でそんなこと言ったんだよ?」 幽助はもう一度問いかけた。 今思えば言う必要などなかったはずだ。 そうすれば‘嘘つき’にもならなかったのに、なぜ言葉にしたのか。 幽助はその答えが気になっていた。 「ウソをつくつもりはなかったよ。 確かにオレはウソをついたけど、そうできればいいと……思ったんだ。 ‘ウソつき’にならなかったのは幽助のおかげですね」 当時のことを思い出したのだろうか。 蔵馬の瞳は哀しい色をしていた。 事件後、確かに蔵馬は自首した。 生きていたからこそ、彼は宣言通りに出来たわけであるが、本来ならあの時に命を落としていたはずだったのだ。 「……そっか」 蔵馬が死ななくてよかったと、幽助は改めて心から思った。 「ところで、湯が沸騰してるみたいだけど」 「ああっ」 蔵馬に言われて慌てて火を止める。 しかし、だいぶ時間が経っていたようで麺がくたくたになっていた。 「あ〜あ、完全に伸びちまったな。ダメだこりゃ。作り直すから待っててくれよ」 幽助は麺を捨てようと鍋を持ち上げた。 「……いや、いいよ」 「へ?」 蔵馬の口から出た信じがたい台詞に間抜けな声を出す幽助。 「君に嘘をついた罰だと思っておく」 「じゃ、反省しろよ。……おまちどーさん!」 「どうも」 蔵馬は伸びきったラーメンをすすった。 END. 2014.02.09. Title List Story(YUHAKU de Title) Story(YUHAKU/TOI-R) Site Top 【しおりを挟む】 |
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