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ペテンの鱗を絵空事にしないで 18

外はどこまでも青色が続く文句なしの青天。特別な日らしい心地よい日差しを降りそそいでいるお日様をガラス一枚隔てて眺めながら思い出に浸る。
この節目までたどり着くのに随分と長い道のりだったようにも思うし、いざとなればあっという間だった気もするな、なんて。沢山の女性スタッフに囲まれて着々と身支度が整えられていくので動く必要のない今、丁度良いと浮かれ気分で物思いにふけっている。
もっとも、のんきに今までの回想をする余裕があるのは、この場では私だけだろうけど。


「すみませんご新婦様。ご新郎様がまだご到着でないようなのですが…」


不安を隠しきれないスタッフさんからこの確認をされるのは何度目だろうか。もう参列者も到着しはじめている時間帯なのに主役が来ないのだから致し方ない。結婚式当日に新郎が駆け落ちして現れないなんてドラマや漫画もあるくらいだし、最悪の可能性でも考えているのだろう。


「遅れていてすみません。必ず来るのでギリギリまで待ってもらえますか?」
「もちろんです。私共は全力でサポートさせて頂きます」
「ありがとうございます。リハーサルは私だけでやりますので」


どこか私を励まそうとしているようにも取れるスタッフさん達に苦笑いを返す。
別に不安を隠している訳でもないければ意地を張っている訳でもないのだが、この状況で落ち着きすぎている事が不自然にみえたのかもしれない。普通、新郎が現れなければ不安に思うのは新婦だろうから。
だが、私には降谷くんが来てくれると確信にも似た自信があるのだ。なぜかと問われれば、今朝早くに仕事携帯が着信を知らせてから数分で身支度を整えた降谷くんが、家を出る間際に「必ず間に合わせる」という言葉と優しいキスを残してくれたから。
降谷くんが必ずという言葉を使ったのだ。どんな手を使ってだって間に合わせる。そんな気がする。

ギリギリまで待ってもらったリハーサルを新郎抜きで行い、控室へと戻る。両親も心配していたが、今日までに降谷くんが築いた信頼は厚いので詐欺などとは思われていないようで安心した。もっとも、警察官であることを伝えてあるからかもしれないが。
こっそりと外を確認する私に、新婦側の招待客は揃ったとスタッフさんが教えてくれた。降谷くんの仕事関係の方で何名か来ていないようだが、きっと降谷くんと一緒に現場担当中なのだろう。こんな日でも事件は待ってくれないのだから悲しいものだ。
刻一刻と開式時間が迫り、目に見えて焦るスタッフさんに煽られる様に私まで今まで感じていなかった緊張が走る。ロビーに居た参列者がチャペルへと案内されて、先程までの賑やかさが嘘のように静寂が訪れる。


「あの新婦様…」


新郎不在でこの後の進行をどうするのか。そう問うつもりだっただろうスタッフさんの言葉を遮るけたたましいスリップ音が辺りに響き渡った瞬間、チラリと窓の外に映った白い車。何事かと慌てるスタッフさんをよそに、自然と頬が緩む私を見ている人はいない。
お待ちかねの人物の登場に慌ただしくなるスタッフさんの声を他人事の様に聞きながら、微かに響く降谷くんの声を拾おうと耳を澄ませる。


「すみません、すぐに支度します。あと、彼らに更衣室を案内して頂けますか?それと汗拭き用にタオルを数枚頂けると助かります」


慌てて走ってきたはずなのに乱れていない呼吸。的確な指示。いくつか聞こえる荒い息遣いは一緒にいた職場の方々だろうか。気になってチラリと覗くと、涼しい顔をしてスタッフさんについていく降谷くんの後ろには、何度か見たことある風見さんたち部下の方々が汗だくの状態で更衣室へと案内されていた。
同じ現場にいて、同じ仕事をしていたはずで、尚且つあの車を運転していたのは降谷くんのはずなのにこの違いはなんだろか。時々彼が超人過ぎて恐ろしくなるが、今日はその能力の高さに感謝しておこう。


「し、新婦様。新郎様が到着されたばかりなのですがすぐにでも準備が整いそうですのでご移動をお願い致します」


宣言通り、本当に開式時間に間に合わせる降谷くんには脱帽させられる。自身の身なりの最終チェックを終えてチャペルへ向かおうとする頃には今しがた到着したとは思えない涼しい顔をした降谷くんが出迎えてくれた。


「お早いお着きで」
「約束したからな。不安だったか?」
「私はあんまり。でもスタッフさん達はかなり心配してたから謝罪と感謝をしてね」
「了解」


私たちの軽いやり取りをぽかんと口を開けて見守っていたスタッフさんに深々と頭を下げて謝罪と感謝を口にする降谷くんは、その容姿に衣装も相まって効果は抜群だ。まるでナイトの様な所作で男性迄も魅了した降谷くんに拍手を送りたいくらいだ。


「さすがだね。今日の参列者も全員メロメロになっちゃうね」


見慣れているポアロのメンバーならまだしも、写真すら見せていない私の友人たちなんてキャーキャー騒ぎ出さないか心配になる。母ですらたまに瞳を輝かせているくらいなのだから、親族の叔母さま方も例外ではないだろう。学生時代の友人は招待状の名前から勘づいてすでに騒いでいたし。
だが降谷くんは自分の顔面偏差値が高いことを理解しているはずなのに軽く捉える節があるからか、いつも大げさだと呆れたようなため息をついてくる。


「お姫様にふさわしい男にならないといけないからな」
「いやいやいやお姫さまって柄じゃないし。私の方が気後れしちゃうから。梓さんじゃないけど誰かに恨まれそう…」


ポアロに結婚の報告に行った際にお祝いの言葉と共に、夜道や背後に気を付けてと忠告してくれた梓さんの心配もあながち間違っていないと思えるほど痛い視線を沢山頂いた記憶が甦る。
結果的には何も起こっていないし、確認しても特別なことはしていないとはぐらかされたがきっと降谷くんを筆頭に色んな人が陰ながら守ってくれていたのだろう。


「降谷くんといれるなんて贅沢者だね、私」
「何言ってんだ。それは俺のセリフだろ」


降谷くんが私の何をそんなに気に入ってくれたのかはいまだにわからない。
だけど甘い雰囲気で私を見る時の降谷くんは、自信にあふれた顔でも、安室さんの時の様な万人受けする笑顔でもなく、本当に愛おしむ様な優しい瞳をする。私はそれがたまらなく恥ずかしくもあり、愛されてると実感する瞬間でもあるのだ。


「キレイだ」


あと少しでチャペルの入り口へとたどり着こうとする最中にこれだ。不意打ちにもほどがある。
気の利いた返答一つできずに狼狽える私をククっと喉で笑いながらも、降谷くんの眼差しに揶揄いの色は見えない。今日という日を心待ちにして浮かれていたのは、どうやら私だけではなかったようだ。
この照れくさいようなむず痒いような愛おしいような感情でふよふよに頬が緩むのは隠しきれない。せめてこの気持ちが伝わればいいのにとの想いを込めて、降谷くんの指に己の指を絡めてギュっと力を込めた。
この距離ならチャペルの入り口にいる私の両親から見えてしまうけれどかまわない。
恋人として手をつなぐのはこれが最後になるだろうし、ギリギリまで触れていたいと思った私の気持ちが伝わったのだろうか。暖かい手でぎゅっと握り返してくれた降谷くんの頬が、ほんの少しだけ赤く染まっているような気がした。


「今日、お前の隣に立てる俺は日本一幸せ者だな」


そう言って微笑んでくれる夫と出会えて、日本一幸せなのは私の方だ。

握っていた手を父へと受け渡し、深々と頭を下げてから先にチャペルの中へと消えていく降谷くんの背中はとても頼もしく見えた。


「いい男を選んだな」


うっすらと涙をためる父の腕は幼いころに感じた偉大さとは違うけれど、とても誇らしくて暖かい。これからはこの腕に守られる事はないのだろう。
泣かないと決めていたというのに早々に熱くなる目頭が視界を歪ませる。


「お父さん。いままでありがとう」


これからは降谷くんを待つのでも追いかけるのでもなく、共にあなたを支えていけるような娘になります。

新たな決意と確かな愛と共に、沢山の仲間と、そして降谷くんが待つ聖堂へとその一歩を踏み出した。


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