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ペテンの鱗を絵空事にしないで 17

未だ目が覚めきらない朝のまどろみのなか。遠くから漂う優しい香りが鼻をくすぐる。
カチャカチャと何か作業をする物音に、時折可愛らしい犬の鳴き声が混じっては「しー」っと制止する声が続く。
一人暮らしのはずなのに、それが何の音なのかとか、誰の声なのかとか。そんなことを気にするほど浮上していない意識が再び夢の世界へと誘おうとした時、ふわりと揺れたカーテンの隙間から日差しがさし込んで一日の始まりを告げた。


「おはよ。そろそろ朝食が出来るから起きたらどうだ?」
「・・・・おはよう、ございます?」
「ハハ、なんで疑問形なんだよ」


なんでと言われても自分でもわからないが、現状が理解しきれていないからだろう。見慣れない部屋で、まだ寝てるのかと笑いながらベッド脇に腰を下ろした降谷くんが優しく頭を撫でるから、そのぬくもりにすがるように目を閉じてしまったおかげでろくに頭も働かない。もしかしたらこれはまだ夢の続きなのではないかとさえ思ってしまう。


「起きないと朝食が冷めるけどいいのか?」


至福のまどろみの中で聞こえる声はとても心地よくいつまでもこうしていたい気分にさせる。だが、目の前の彼はきっとそれを許してはくれないのだろう。それでも自力で起き上がるのは忍びないので、彼に甘えるように両手を伸ばしてみる。後から思えばなんて恥ずかしいことをしてるのかと頭を抱えたくなるが、起き抜けの状態では正常の思考回路は望めなかった。
呆れたようなため息とともに伸ばしていた腕を掴まれる。引っ張られると思って上体を起こす初動に入ったが、掴まれた腕が引かれる事はなく、反対にそのままベッドへと押し付けられてしまった。もっとも、腕がベッドに張り付いてしまった事よりも、吐息までも飲み込むほどの熱い唇が重なり合った事に全ての意識をもっていかれたのだけど。

触れるだけなんて生易しい物じゃない。昨夜の様に口内を激しくかき乱し、全身をぞくぞくと熱くするようなキス。幾度となく角度を変えて求められ、くぐもった恥ずかしい音が漏れる。寝起きだったこともあり唇が離れる頃には完全に息が上がってしまっていた。


「昨日も言っただろ?抑えがきかなくなるからあまり可愛いことするなって」
「ふっ、、んっ、、そんなつもりじゃ、ないのに」


朝にしては強すぎる刺激に視界がクラリと揺れる。肩で息をする私をどこか楽し気に見下ろしている降谷くんは笑っているように見えるが、視線だけは鋭く私を捉えて離さない。視線を外すことを許さないその眼差しに息が詰まる。
私の腕を押さえつけていた手はいつの間にか離れていて、優しく撫でる様に輪郭をなぞっていく。その手を止めることも、この場から逃れることもできない私は、微かな制止を求める声を上げるしかできなかった。


「もう待てないと言っていたはずだけど?」
「で、でも、朝ご飯冷めちゃうよ?」
「また温めればいいだけだ」


そのまま顔中にキスを落とした唇が次第に首元の方へ下りていく。わざとらしくチュッと音を立てられていた顔へのキスと違い、舌先でなぞってから吸い付くようなキスのせいで、吸い付かれるたびにゾクゾクと私の中の女を駆り立てる。
降谷くんは本気だ。このまま本気で抵抗をしなければ全身で彼の温もりを感じる事になるだろう。人生で初めてなんてことはないにしろ久しぶりの事に少しばかりの不安が募る。そんな不安を押しつぶす様にぐっと全身に力を入れた途端、その場にそぐわない豪快な音が鳴り響いた。
互いに顔を見合わせ動きを止めたのは何秒くらいだったのだろうか。豪快な音に続く様に更なる音を奏でる私のお腹はどうやらしばらく鳴りやまないようだ。こうなってしまえば先程までの雰囲気もへったくれもない。


「ククッ、、、わかったよ降参だ」


肩を震わせながらベッドを下りる降谷くんはとても楽しそうだが、これで昨夜に引き続き未遂に終わってしまったわけで。実のところ降谷くんに愛想をつかされないか心配なところだが、今更空腹を隠しきる事も出来ない。豪快な音からきゅるきゅると可愛らしく鳴き声を変化させた腹の虫を携えたまま、完全に日常モードへと戻ってしまった降谷くんを見つめる。


「またね」


それは昨夜、声に出さずに伝えた私の台詞。その台詞をあえて使う気遣いと、ポンっと頭に置かれた手の優しさだけで先程までの心配など消え去ってしまうのだから恐れ入る。ほんの少し残ったままの沸き立ってしまった欲を振り払い、自らもベッドを下りる。


「着替えたらすぐ行くね」
「了解。それじゃ温めておきますか」


降谷くんがキッチンへ向ってすぐに聞こえるハロの声に急かされながら素早く着替え、軽く髪を整える。今になって、完全なる寝起きを見られたんだと気が付いて恥ずかしくなりそうだったが、そこは気付かなかったふりをしよう。
夢の中にまで漂ってきた香りに導かれてダイニングへ急げば、自分のお皿の前で待機しているハロが私の到着を知らせた。ご飯とみそ汁、焼き魚に胡麻和え、含め煮と卵焼きと漬物まで。目の前に準備された完璧なる日本の朝食を前に勝手に敗北感を感じながらもいそいそと席につく。
二人と一匹の揃ったいただきますが響くと同時にすぐに箸に手を伸ばした。


「空腹で勢いよく食べたら胃が痛くなるぞ」


クスクスと笑い声交じりの忠告はごもっとも。不貞腐れながらも素直に自分の一口の量を半分に減らすのを見届ける降谷くんはどこか幸せそうだ。そんな顔をされてしまったら、いじけた気持ちもすぐに何処かへいってしまう。
昨夜自分で言っていたし、きっとこんななんでもない日常が彼にとっては幸せなのだろう。そんな、好きな人が幸せそうにしている瞬間は私にとっても幸せだ。


「今日はお仕事はお休み?」
「あぁ。だから食べたら式場でも見に行くか」
「・・・へ?」


先程までのどこか丸い感じの笑顔のまま、彼は私を見つめ続ける。冗談、ではないようだが、それならばなんなのだろうか。彼が言っている言葉を理解する為にも口の中のご飯を咀嚼し、腹へと流し込むようにお茶をゴクリと音を立てて飲み込んだ。


「式場とは、結婚式場のことですかね?」
「他の式場は当分遠慮願いたいな」


それは私も遠慮願いたい。が、そういう事ではないのだ。
私が混乱しているのをわかっているくせにどうしたとでも言いたげに首を傾げてくる降谷くんを前に、そういえばこの人は少し意地悪だったと思い出す。それならばと訝し気な視線を投げ続けてみれば、両手を上げて降参のポーズを取らせることに成功した。


「悪かったな。でも迎えに来たって、ちゃんと言っただろ?」


それは昨夜、寝る前にベッドの中で告げられた告白。
ずっとずっと待ち望んでいた言葉たちをきちんと口に出して伝えてくれた降谷くんは、嬉し泣きする私を優しく抱きしめてくれていた。そんな少し恥ずかしくも大切な記憶を忘れるわけはない。だが、昨日の今日でそんな話が出るとはこれっぽっちも想像していなかったのだ。
確かにこれ以上何を待つ必要があるのかと問われれば答えられない。付き合ってみないとお互いの事が分からないとか、合う合わないがあるだろうとか、そんなことを気にする程度の想いならばこんなにも長い間想い合ったりしていないだろう。
だが、それでも女としては願ってしまうのだ。


「もっとちゃんとした言葉をください」


贅沢過ぎる願いなのはわかっている。話しの流れで降谷くんがどういうつもりなのかもわかっている。それでも、そうだとしても。確かな言葉を求めずにはいられない。

動きを止めるくらい意表を突かれたのだろうか。先程までのほほえみを失くし、狼狽の色が彼の顔に動いた。
変な汗を背中に感じながら、ゆっくりと箸を置く降谷くんの動きを目で追い続ける。緊張からだろうか、口から出る息が吐くときも吸う時も微量で苦しい。微笑みの消えた真剣な瞳が私の姿を映した。


「山崎」


ただ名を呼ばれただけ。それだけで大げさなほどに跳ねる鼓動が緊張を煽る。心配そうな鳴き声をあげるハロの声がどこか遠くに聞こえるほど、意識を降谷くんへと集中させる。

ゆっくりと開かれる口元。その動き一つ一つすら見失わぬように。一言一句聞き漏らさない様に。
まるでスローモーションの様に動く降谷くんの口が確かな想いを言葉に綴った。


「俺と結婚してくれ」


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