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ペテンの鱗を絵空事にしないで 16

いつも通りの見慣れたドアを開けるのに、いつもより少しだけ緊張が走る。


「どうぞ」
「お、お邪魔します」


いままで風見以外の人を入れた事のないプライベートな空間に、ゆっくりと山崎が入って行く。ずっと待ち望んでいた現実に、気持ちが昂っていくのが分かった。
このまま、ドアを閉めた瞬間にでも抱きしめてしまおうか。そう思って伸ばした手は山崎に届く事はなく、二人きりの甘い空間なんてものをぶち壊す鳴き声に阻まれてしまった。


「可愛い!!!降谷くん犬飼ってたんだね!意外!!」
「アンアンッ」


そうだよな。お前がいるんだから恋人らしいことなんてさせてくれないよな。
飼い主の俺にではなく山崎にじゃれつくハロに呆れたため息が漏れてしまう。邪魔されただけでなく、山崎を占領されているようで面白くないが、眼で訴えかけたってキョトンと首を傾げられるだけ。
仕方なくそのまま奥へと連れ立って、山崎がハロの相手をしている間にササっとつまみになるようなものを拵える。


「こんな時間だし軽くだが食べるか?」
「・・やっぱり降谷くん何者??和食も完璧とか嫌味かな」


すごく美味しそうなんですけど!なんて怒りながら褒める山崎は、すぐに席に着くと俺にも早く座る様に急かしてくるのだから面白いやつだ。ちゃっかり自分の餌置きの前でしっぽふっているハロとそっくりだという事は黙っておこう。
一人と一匹に急かされるまま席に着き、みんな揃って手を合わせた。


「「いただきます」」「アンッ!!」


誰かと共に食事をすること。
「いただきます」の声が、一人じゃない事。
作った飯を、美味しいと言って食べてくれる人がいる事。
そんな何処にでもある時間がとてつもなく幸せなのだと。山崎のおかげで改めて感じる事ができた。

つまみしか作っていないからと差し出した缶チューハイが、前に山崎が好きだと言っていたから用意してあったものだとは思わないだろうな。
何を口にしても美味しいと目じりを下げて喜ぶ山崎を前に、色あせる事のなかった想いが熱をもっていくように胸が熱くなる。


「かわらないな」


長いこと顔も会わさなかったというのに。あの時と変わる事のない愛おしさに自然と頬が緩む。
だが山崎にその気持ちは伝わらなかった様で、かわらないと言ったのを自分の事だと認識し、拗ねたような視線を寄こした。


「食べ過ぎて動けなくなるなんてあの日しかしてません―」
「そんなこともあったな」


ホテルで男と二人きりだというのにソファーで寝るという警戒心の無さを見せつけてくれたあの日が懐かしい。
そういえば、あの時にはすでに他の女性とは異なる感情を山崎に抱いていたんだったな。当時は起こさずに抱きかかえた事を後悔するほどに。


「まさか俺以外の前でもあんなに無防備じゃないだろうな」


ポアロで他の常連客と話している時はそれなりに警戒心を忘れていないようだったから大丈夫だとわかっているが、恥ずかしそうに視線を逸らす山崎が楽しくてわざと問い詰めたくなってしまう。
山崎も俺がわざと言っているとわかっているから「意地悪」なんて言いながら拗ねたふりで返してきて、いい歳してバカみたいなやり取りに、気が付けば二人共声を出して笑いあっていた。


「あ〜笑った。久しぶりに会ったはずなのに馴染みすぎじゃない?」
「ハハ、確かにな。でも俺は、ずっとこんな何でもない幸せが欲しかった」


やっと手を伸ばすことを許された幸福。共に笑い、触れて、この腕に抱きしめることのできる温もり。
それがたまらなく幸せで愛おしくて、求めずにはいられない。
ジッと覗き込んだ山崎の瞳が次第に揺らいでいぎ、恥ずかしそうに伏せられる。


「山崎」


名前を呼んだだけでピクリと肩を弾ませ、俯いたまま視線だけ寄こしてくるその顔に、自分の内側から邪な感情が湧き上がってくるのが分かった。
まだ飲食中で行儀が悪いとか、そんなことはこの際どうでもいい。
先程までとは違う空気を感じ取ってなのか、熱くなっている彼女の手を引いて立たせれば、戸惑いながらも大人しく後をついてくる姿に逸る気持ちを押し殺す事は出来なかった。
ベッド脇で足を止めた彼女を少し強引に押し倒し、覆いかぶさるようにしてその上に乗れば、自分ではかなり強固だと思っていた理性など無いに等しい代物と化す。
だから微かに彼女が「待って」と発したその言葉をかき消すように、彼女の唇に己の唇を重ね合わせた。

たかが唇が重なっただけ。
初めての経験でもなければ、キスが死ぬほど好きだというわけでもない。
それなのに、唇一つでこれほどまでに甘い痺れが広がるなんて、未だかつて経験した事がなかった感覚に自分でも驚いてしまう。

これが愛おしい人とのキス、だからなのだろう。

呼吸の為に離れてしまうのすら惜しいと思えるほど、俺のすべてが彼女の唇を求めて已まないようだ。
だが幾度となく啄むように味わっていれば、苦しさからか再び彼女からの待ったがかかる。


「待って、急に、激しすぎる、、、」
「もうかなり待った」


覚悟を決めたあの日から、どれだけの時が経っただろうか。
この行為自体が目的とはいわないが、この日を待ち望んでいたのも事実。
少し触れただけで侵食するように広がっていく山崎の熱を、全身で感じたい。彼女のすべてが欲しい。


「もう待つ気はないぞ」
「・・待たせたのは降谷くんだよ」
「そうだったな。そのぶん、たっぷりお詫びしないとな」


逃がさないとばかりにその腕を抑え込む。真っ赤な顔を背ける山崎は恥ずかしがっているだけだとわかるが、まるで焦らされているようで余計に熱が疼いた。
ここまできて「でもハロちゃんが・・」なんて言い訳を口にする彼女に、アイツは賢いから大丈夫だと、そう言おうとした瞬間だった。


「アンアンアンっ!!」


自分の名前が呼ばれたからだろうか。ダッシュで駆け寄り、嬉しそうにしっぽを振って山崎の頬を舐めるハロの毛が俺の唇を掠める。


「っっっ、ハ〜〜〜ロ〜〜〜」


まるで自分も混ぜてとでもいう様に間に入ってはしゃぐハロのおかげで、先程までの沸き立つような熱が静かに冷めていく。
突然のことで驚いて固まっていた山崎も、緊張の糸がほぐれたようにふにゃりと頬を緩めた。


「ふはっ、ハロちゃんくすぐったい」


激しくしっぽを振りながら山崎を舐め回すハロに嫉妬したところで情けないだけ。このまま強引にハロを引き剥がしたところで甘ったるい空気にはもどらないだろう。


「はぁ・・。今日はお前に譲ってやる」


起き上がりながら、次はないと思えとハロに強めの視線を送ってみたがわかっていないだろうな。山崎に抱えられてご満悦の顔を向けるハロが、なんとなく優越感に浸っているように見えてしまう。
そんな俺を見てなのかクスクスと笑う山崎の口が、声に出さずに「またね」と動いた。
それだけでドクンと熱がぶり返すのだから、俺もまだまだ未熟だな。


「ちょっとトイレ行ってくる」
「えっ?あ・・・・えっと。ごゆっくり」


漫画だったら煙が出ていそうなほど顔を赤らめた山崎の頭に軽く手を置いてから寝室をでた。

きっとまだ焦るなということなのだろう。
お互いに待ち望んでいたとはいえ、まだ明確な言葉を口にしていない段階でコトに及ぼうなんて卑怯だったな。


「戻ったら、改めて言わないとな」


何年も何年も想い続けてきたのに言う事が出来なかった台詞を。


好きだ

迎えに来た

もう二度と離さない


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