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ペテンの鱗を絵空事にしないで 15

懐かしいと感じる降谷くんの車を見送ってから部屋に入れば、ガチャン、といつも以上に玄関の閉まる音が耳に残る。
先程までの事が夢のようで、一人きりになった途端、なにがどうしてだか居た堪れなくなり、膝を抱え込むようにしてその場に座り込んだ。


「あ〜反則だよ。ムリ。心臓モタナイ」


会いたいと思っていたし、会えると信じていた。
でも実際に久しぶりに会ったらこんなにも舞い上がるのかと、挙動不審な自分に笑いすら起きてくる。顔を赤くして玄関で悶えているなんて、降谷くんには見せられない姿だな。


とりあえず降谷くんから、もう安室さんでいる必要はなくなったとは教えてもらった。だが如何せん。会っていない時間が長すぎて、帰宅までの道のりでは互いの事を話しつくせるわけがなかった。
再会の仕方がアレだったし、私の話しが多くなってしまったせいもあるけど。
だからと言って仕事中だろう降谷くんを引き留める事なんて、私にはできなかった。

次はいつ会えるのだろうか。
あの時言った言葉は、まだ有効なのだろうか。

その答えは聞けないまま、自宅までの道をゆっくり走ってくれたことに感謝をして、後ろ髪を引かれる思いで車を降りた。その時だった。


「今夜、迎えに行くから」


降谷くんの真剣みを帯びた瞳に鼓動が大きく跳ねる。
物理的なお迎えって意味だろうけど、その言葉にアノ時の答えは含まれているのかどうかを聞く勇気は出ず。何とか絞り出した「待ってる」の返事に、かすかな笑顔で返した降谷くんを見送ったのはつい先ほどのこと。
それなのに、すでに会いたい気持ちが募っていく。


「あ〜ヤバい。夜までに落ち着かないと・・・」


一度お風呂にでも入って落ち着こう。それから着替える服を考えなくちゃ。
今着ているのもお出かけ用だが、不本意とはいえ別の男と会う為に選んだ服を着続けるのは、何となく嫌だった。
摩訶不思議坊ちゃんとは会って早々にサヨナラをしたおかげで、夜まで時間はたっぷりある。ついでだから美容院にもいってしまおう。降谷くんに会える時までと願掛けで伸ばしていた髪は、もう必要なくなったのだから。


心を落ち着かせるために入ったお風呂でいつも以上に丁寧に体を洗い、お気に入りの服を着て。ふんわりと軽めに仕上げられた髪は、初めて再会した日くらいの長さだろうか。
お気に入りの香水に包まれいざ準備万端になれば、またソワソワと落ち着かない時間がやってくる。


「…そういえば、連絡先交換してないのでは?」


いや、迎えに来ると言っているのだから待っていればいいのだけど。果たして、夜とは一体何時のことなのだろうかと、今更ながらに気付いてしまった。
今まで気が付かないなんて、自分がどれだけ浮かれていたかが痛いほど身に染みる。
警察官だと思われるが、スーツだったし刑事なのかもしれない。そうなると、定時って概念があるのかどうかすら怪しいのではないだろうか。
一般の会社員だったらそろそろ定時になる頃だ。この時間からならば夕食を共にしてからでも十分に時間は余る。そう考えていたからてっきり夕食に行くと考えていたけど、もし夜遅くになるのならば夕飯は食べておいた方がいいのではないだろうか。でも、もし空腹で来たら…。

確認をする事も出来ず、どうしたらいいのか答えが出ないまま、もしかしたらもうすぐ迎えに来るかもしれないと待ち続け、結局空腹のまま夜が更けていった。

待つことなんて慣れているはずだった。確かなものがないまま、勝手に信じて待ち続ける事が出来たというのに。
確かな約束が出来た途端、たった半日ほどが待てなくなるなんて。
テレビを見る気にもなれず、たまに表に出ては車がいないことに落胆し、一人ため息を漏らす。


「ハハ、、あれ?私ってこんなに弱かったかな‥‥」


乾いた笑いと共に呟く独り言は微かに震えてしまっている。本当に情けない。
時計はあと1時間もしたら今日が終わってしまうと告げてくるし、鳴るはずのない携帯はやっぱり無音のまま。
このまま降谷くんが来てくれなかったらどうしよう、とか。もし降谷くんに何かあったとしたらどうしよう、とか。沈んだ気持ちではネガティブな発想ばかりが脳内を支配し、不安を駆り立ててくる。
外で待っていたら気を遣わせてしまうかもしれないと、靴を履いたまま玄関に座り込んだのはどれくらい前だっただろうか。

電気もつけず、無音な室内に待ちわびた音が鳴り響いたのは、それからしばらく経ってからだった。



「えっと・・・待たせすぎたせいだよな、それ」
「無事でよかった、です」


チャイムが鳴るなり勢いよく扉を開けた私は、驚く降谷くんを見上げながらその場に崩れ落ちる様に座り込んでしまった。
遅いとかお腹空いたとか色々言いたい事はあったけど、なによりも降谷くんが無事でよかったと安心から力が抜け、目頭が熱くなる。
このままじゃ服が汚れるとわかっているのに立ち上がれない私に、降谷くんはさぞ困っていることだろう。悪かったと謝罪をしながら同じようにしゃがみ込み、私の顔を覗き込む仕草にいつぞやの出来事が呼び起こされる。


「あの日以来だな。山崎の顔をこんなに間近で拝むのは」
「私も、同じこと思ってた」


不確かな約束を交わしたあの日は、もうずいぶんと前のはずなのに。同じ事を想ったというだけで、まるであの日まで戻ったかのように急激に気持ちが昂りだす。
夢でも幻でも妄想でもない降谷くんが、いま目の前に居る。それを実感したくて彼の頬へと伸ばした指先は、しっかりと熱を伝えてくれた。


「今そんな可愛いことされると非常に困るんですが」


抑えがきかなくなったらどうしてくれる、なんて恥ずかしいことをサラリと言いながら伸ばされた降谷くんの腕が、軽々と私を持ち上げた。
これまたいつぞやの出来事が思い出されるが、これには懐かしんでいる余裕なんてない。人生で二度目のお姫様抱っこに、力が抜けていた事なんて忘れるほど一気に全身が強張る。


「い、あ、え??ちょっと!?」
「相変わらず真っ赤だな。二回目なんだし、少しは慣れたらどうだ?」


何を言っているんですか。ちょっと待ってくれたまえ。
今日だけで色々なことが起こり過ぎて完全に自分のキャパを越えてしまっているというのに、どうしてあなたはそんなにも楽しそうなのですか。これに慣れるなんて無理にきまっている。

確か、お姫様抱っこが出来る男の人は少ないから夢見るな!と、結婚適齢期の時期の花嫁たちに散々言われたはずなのに。もともとあまり夢見てなかったけどね。
それなのにこの男はお姫様抱っこをした状態で平然と階段を下りて行くんですけど何故でしょうか。
世の女性たちには羨まれる事かもしれませんが、残念ながら私には難しい案件でした。助けて下さい。


「…新手のいじめですか」
「なんでその発想に至るんだよ」


何でと聞かれれば、降谷くんが楽しそうだからと答えたい。だが、今そんなことを行ったらもっと揶揄われそうな気がするので止めておいた。
他に何か言い返す事も出来ず、どこを見ていいのかもわからずに視線を彷徨わせる私を見て満足そうな降谷くんが妬ましい。
真夜中なので周りに人影がない事がだけが救いだ。

そのまま近くに停めてあった降谷くんの車まで運ばれ、当たり前のように助手席にエスコートされる。


「山崎は明日も休みだよな?」
「あ、うん。休みです」
「なら問題ないな」


何が問題ないのでしょうか。
私の疑問には答えることなく発進された車が、見知らぬ道を軽やかに走り抜けていく。
この時間に空いている店なんてファミレスぐらいしかないけど、どこへ行くつもりなのだろうか。
そういえば、初めて降谷くんの車に乗った時行き先不明なまま連れて行かれたっけ。その思い出も、なぜだかひどく懐かしく感じるのは、こうやって降谷くんの隣に居られることを待ち望んでいたからだろう。

着替えた事にも、髪を切った事にも触れられることなく走り続けた車が停まったのは、飲食店やホテルではなく、とあるマンションの駐車場だった。

え、まさか。ここって。


「誰かに見られても、もう勘違いじゃないだろ」


そう言いながら見せつける様に指先で揺らされた鍵が、暗闇の中で静かに音を奏でた。


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