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ペテンの鱗を絵空事にしないで 14

どうやら私は選択肢を間違えたようだ。
やはり無理やりにでもあの場で誘いを断るべきだった。もっといえば、親から話があった時点でお見合いなんて断るべきだったのだ。そうすればこんな摩訶不思議な厄介者と知り合わずにすんだのに。


「さぁ着きましたよ茜さん。素敵なところでしょ?」


何故か自慢げに言ってくるこの男の後ろにそびえ立つ煌びやかなチャペルを前に、自然と眉間が寄ってしまう。このチャペル自体は大変素晴らしいと思う。芸能人が式を上げたりするところで有名なだけあって存在感も高級感も凄すぎて圧倒される程だ。
だから決してココが悪いと言っている訳ではない。わけではないが、全身で拒否反応を起こさずにはいられなかった。


「・・・・連れて行きたい所とはここの事ですか?」
「まさしく僕らにふさわしい場所だと思いませんか?」
「思いません」


顔を合わせるのも二度目。一度目の印象も最悪。お誘いだって散々断ろうとしていたのに、どうして結婚式場へ行くなんて発想になるのだろうか。
そして何故、結婚するのが当たり前のような会話をしてくるのだろうか。


「帰ります」


この式場がどんなにすばらしいかとか、そんな式場へすぐにアポを取れる自分がいかにすごいかとか。そんなどうでもいい事を語り続けるこの男に背を向け、連れて来られた車には乗らずに外へと足を向けた。
この男は私の何がいいというのだろうか。親に言われたから私にする、なんて言われて相手が納得すると本当に思っているのだろうか。


「急にどうしたんだい?やはり海外挙式の方が良かっただろうか」
「いい加減にしてください。そもそも貴方と結婚するつもりもなければ、お付き合いするつもりもないです」
「っはっは、面白いご冗談を。茜さん今日は月経でホルモンバランスでも崩れているのかな?」
「なっ!?違います!」


人の話を聞かないどころかデリカシーの欠片もない。本当にこれで医者が務まっているのだろうか。私なら人の話を聞いてくれない様な医師に診てもらうのは嫌だ。
母よ、申し訳ないが親がどんなにいい人だろうと当の本人がこれでは話にならないよ。


「とにかく、今後あなたと会うつもりはありません。親にも断ると伝えさせていただきますので」
「待ちたまえ。僕がいいと言っているのになぜ断るんだ。信じられない」
「本気でそう思っているのなら、貴方は一生結婚できないかお金目当てでしか女がきませんよ」


私はあなたの地位にも財産にも興味がありませんので。そう言ってやればまるで珍獣でも見るかのように驚いた表情を浮かべる男。この男の周りの人はいったいどうやって接してきたのだろうか。
私がこの手の人に慣れていなくて対応が下手なだけなのか?いや、慣れるほど関わり合いたくはない。会うのが二回目と言っても、時間にしたらトータルでも数時間ほどだ。それでここまで無理だと思わせるほどなのに、もう一度会いたいなんて思えるわけがないじゃないか。


「さようなら」
「許さないぞ!ママが君だと言ったんだ。結婚してもらわないと困る!」
「結婚は当人同士の合意で行われるものです。一方の、まして親の意見で決まるものじゃないですよ」
「うるさいうるさい!ママが言う事は絶対なんだ!従ってもらう!!」


感情的になった男の手が私の腕をつかみ、力任せに引っ張られる。無理やりにでも式場に連れて行こうというのだろうか。
血が止まるのではと思うほどの力に顔をゆがめながら必死に抵抗を試みるが、冷静さを欠いた男相手にかなうわけもなく。周りも恋人の痴話げんかだろう程度にしか思っていないのかチラチラと興味本位の視線を投げるだけで通り過ぎて行く。
世の中の冷たさと目の前の理不尽さに悔し涙がでそうになった、その時だった。


「力任せはいかがなものかと」


第三者の褐色の手が男の腕をひねり上げる。不意打ちと痛みからだろう、男の力が緩んだすきに捕まれた腕を振り払い、自分の胸元へと抱え込んだ。
まさかこんなドラマみたいなことがあるわけがない。そう思うのに、速まる鼓動で期待するように見上げた視界の先には期待を裏切らず、スーツを着た降谷くんがいた。何も言えずに見上げる私を横目に、しっかりと指の痕でうっ血する腕を見て顔をしかめた降谷くんが男を睨みつける。


「な、なんなんだ!!離したまえ!!」
「貴方は先程、彼女が離せと言っても離さなかったですよね?」
「っ!!彼女とは結婚の約束をしてるんだ!問題ないだろ!!」
「約束なんてしてません!!!」


降谷くんの前でなんてことを。この男の勝手な思い込みなのになぜだか罪悪感が生まれ、顔が熱くなる。私が悪いことをしたわけでもないのに降谷くんの顔が見れなくて視線を足元へ落とした。


「風見」
「はい」


そんな短いやりとりで初めて降谷くん以外にも人が居ることに気付き、降谷くんを見ないようにして風見と呼ばれた男の人へと視線を移す。降谷くんと並ぶとずいぶん年上に見えるけどそれは降谷くんが若く見えるからで、自分と比べたらあまり変わらない歳だろうか。
降谷くんの指示で動くという事は部下なのだろう風見さんは、懐から警察手帳を出してこれ以上やるとどんな罪になるかを男へ淡々と説明し始めた。そのおかげか男はあっさり引き下がってくれたけど、私はいま自分が見ている光景が理解できず、一部始終を間抜けな顔で見届けてしまったに違いない。


「僕は彼女を送ってから行く」
「わかりました。では例の処理は私がしておきますので降谷さんは夕方までに戻って頂ければ」


失礼しますと丁寧に頭を下げてから去っていく風見さんの後姿と降谷くんを交互に見やる。いや、まって。だって、部下が警察官ってことは降谷くんも!?え?でも警察官はアルバイトなんてしちゃダメだよね??
それに安室さんじゃなく降谷さんって言ってた。何故?もう安室さんを偽らなくても良くなったという事なのだろうか。
とりあえず、そんな私の心の内なんてお見通しなくせに、どうかしましたか?的な視線を投げてくる意地悪なところは変わっていない様だ。


「降谷くん、僕っていうんだね」
「久しぶりに会って言う事がそれか」


咄嗟に出た言葉に呆れたように笑う降谷くんが、以前よりも柔らかいように見える。もしかしたら色々背負っていたモノが終わったのだろうか。そう思ったらまた、期待するようにキュンと胸が音を立てた。
仕事中に一人称を変えるのは稀だという降谷くんが私の前では俺を使っていたという事は、本当にプライベートで関わってくれていたという事だろうか。情報量の多さに脳内処理が追いつく気がしない。


「送りがてら少し話すか」
「そうしてください。お手上げです」


言葉通り両手を上げれば、プッっと吹き出すように笑う降谷くんはやっぱり前より和らいだ印象だ。
離れた場所に車を停めてあるからと歩き出す降谷くんと並んで歩けるというだけで、少し前まであった最悪な気持ちは跡形もなくなり、胸に温かいものが広がっていく。視界の端に映るチャペルが先程よりも何倍も素敵に思えるのだから不思議なものだ。

懐かしいとさえ思える降谷くんの車の助手席に乗り込み、途中の自販機で買ったコーヒーを一気に喉へと流し込む。目まぐるしい展開のせいか喉が渇いていた様で、ジワリと染みわたっていくのを感じながら、早速意気込んで質問しようと運転席を見た。が、どうやら出鼻を挫かれたようだ。


「・・なんでそんなに笑ってるんですかー」
「ククッ、相変わらずだな。気合を入れる時に一気飲みするその癖」


期待通りで安心するとハンドルにもたれ掛かる様にしてまで笑う降谷くんのツボはちょっとわからないが、降谷くんが沢山笑えるようになったということは確かなようだ。
ほとんど入っていないコーヒーの缶を再度傾けながら、改めて降谷くんが隣にいる事実を実感する。

もうこれからは気軽に会う事が出来るのだろうか。
もう降谷くんと堂々と一緒にいてもいいのだろうか。
あの時の気持ちはまだ変わっていないだろうか。

ねぇ、降谷くん。
私を迎えに来てくれたんですか・・?

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