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ペテンの鱗を絵空事にしないで 13

変わらず訪れる、変わらない場所。
今日もいつもと同じ時間に扉をくぐれば、梓さんが元気な笑顔で出迎えてくれる。


「山崎さんいらっしゃいませ!奥へどうぞー」


定位置となったカウンターの奥へと進み、いつも通りカプチーノをオーダーする。この流れが定着してからもうどれだけの月日が流れただろうか。暖かく迎え入れてくれる変わらない場所。
唯一変わったのはここ最近、人気店員の安室さんの姿を見掛ける頻度が極端に減ったという事だけ。
だから私は安室さんの居ないポアロへ通い続ける。決して『その時』を待っている訳ではないと自分に言い聞かせて。


「そういえば山崎さん!この間行くって言ってた合コンどうでしたか!」
「梓さん・・お食事会だってば。友達が勝手に男性よんだだけ」
「それはもう合コンですよ!っで、良い人いましたか??」


目を輝かせながら聞かれても連絡先の交換すら避けたのだから、梓さんが期待しているような答えなんて持ち合わせていない。残念ながらと伝えればあからさまにガッカリする梓さんに苦笑いを返しながらカプチーノを口に含んだ。
うん、やっぱり梓さんのはミルクが多いね。安室さんとの違いを無意識に感じながら、まだ続きそうな恋バナの打ち切り方を模索する。

本当の事なんて言えるわけがない。
降谷くんとは確かな言葉を交わしたわけでもない。なんなら良い人を探しておくなんて宣言したほどなのだから、合コンに行ったって問題はない。
時々友人がお節介を焼いて男性との食事の場を設けてくれるが、個別で食事をしたとしても続かないのだ。比べる相手が悪すぎる。
最近口うるさく結婚結婚と言ってくる親に言い訳をする為にも婚活をしていた方がいいのはわかっているものの、自分からは気乗りがしないままズルズルと月日だけが経ってしまった。

降谷くんが何をしているのか知らない。時々怪我をしているようだし、何か危険なことをしているのかもしれない。最近ポアロのバイトが減ったのは本業の探偵業が忙しくなってきたからだと梓さんは言っていたけど、それも本当かどうか確認のしようもない。なにせ連絡先すら交換していない。
そんな男が好きだから、いつかわからないその時とやらを期待しているなんて、誰が賛同してくれるだろうか。


「だからですね・・って、山崎さん聞いてます?」
「あ、聞いてる聞いてる。・・・っと、ごめん。電話きたみたい」


タイミングよくかかってきた電話を言い訳に席を立つ。「も〜」なんて頬を膨らませている梓さんに片手でごめんのポーズを取り、足早に外へ出ながら着信に出た。
だけど他のお客様もいないしと完全に外に出る前に電話をつないでしまったのがいけなかったようだ。


「もしもしお母さん、どうしたの?・・・は、え?お見合い!?」


あまりの衝撃の言葉に声を大きくしてしまい、しまったと思った時には既に遅く、チラリと見えた梓さんが興味深々といった生き生きした笑顔でこちらを見つめていた。
これは電話が終わったら質問攻めだな。
タイミングがいいと思ったのはどうやら違ったようで、タイミングも内容もよろしくない電話にテンションが一気に下がっていく。あぁ、このまま帰ってしまいたい。だけど無銭飲食をするわけにもいかず、投げてしまいたいほどのスマホを握り、重たい足を引きずりながら店内へと戻った。


「山崎さん!お見合いするんですか?!」
「とりあえず梓さんは落ち着こうか」


どうしてこの時間帯に限って他のお客様が誰も居ないのだろうか。いや、ピークの時間帯が終わって引いたところってのは知ってるけど。まぁこれで園子ちゃんあたりがいたら梓さん以上にグイグイ来そうだからよかったのかもしれないが。
詳しく説明を!とカウンターから身を乗り出す勢いで迫ってくる梓さんはどうやら落ち着いてくれる気はない様だ。


「親が飲み屋で近所のお医者さんと意気投合してお互いの子供を〜って勝手に話付けちゃったんだって」
「えー!お医者とかいいじゃないですかー!これぞ玉の輿!」


梓さんは楽しそうだけど、私としたら冗談じゃない。会ったこともない人と結婚を意識してお会いしましょーなんて勝手に決められても困るだけだ。
しかもその為だけに地元へ戻らなくてはいけないから、せっかくの休みなのにポアロにこれなくなってしまうじゃないか。


「はぁ、、、来週とか急すぎ。今から憂鬱だー」


既に日にちも決めて店まで予約してあって、その為に新しい服まで買ってしまったとはしゃぐ母に強く言えなかった私が悪いのだけど。
まだまだ追求したそうな視線を送ってくる梓さんはお客が来たことで離れてくれたし、今のうちに失礼しよう。私も服を新調しないと堅苦しいものなんて持ち合わせていないし。痛い出費だ。
飲みかけのカプチーノを一気に流し込み、重くなりそうな腰を上げた。


「山崎さんありがとうございました!結果報告楽しみにしてますねー!」


元気な送り出しに乾いた笑いで返し、どんよりとした曇り空を見上げる。気分が上がらないのは今にも降りだしそうな天気のせいもあるのかもしれない。
ささっと買い物を済ませて家路につく頃にはシトシトと降り出した雨が街の音を消していくようだった。




「・・・・・・すみません、今なんと?」
「ですから、ぜひ僕と結婚して下さいと申し上げたのです」


どうして会った初日に自信満々にそんなことが言えるのだろうか。断られるなんて思っていなさそうな笑顔で言ってのける目の前の男に、驚くを通り越して呆れてしまった。
まだお見合いという名の会食を始めて一時間ほどしかたっていない。言い出しっぺの両親は「若いものだけで〜」なんてお決まりのセリフを残して早々に別の個室へ移ってしまった。きっと今頃楽しく酒を飲み交わしていることだろう。
いや、今はそんなことはどうでもいい。それよりも目の前の男だ。


「申し訳ありませんがよく知りもしない方とは結婚出来かねます」
「学歴も家柄も収入もお伝えしましたが、まだ何か必要ですか?」
「いや、そういう情報ではなくて」


この人は本気で言っているのだろうか。この一時間で彼から聞かされたのは、頭がいいとかどれだけお金を持っているだとかの自慢話ばかりで、趣味や休日の過ごし方、好きな食べ物なんて当たり前の質問を一切していないのに。
既に合わないと感じている私には全く気付く様子もなく、「僕がすごすぎて遠慮されているのですか?」なんて見当違いなこと言い出すこの男に、何と言ったら諦めてもらえるのだろうか。
おかしいな。
相手の事をよく知らない所も、ちょっと強引な自信家なところも同じと言えば同じなのに。降谷くんとは全然違う。なんの良さも感じない。


「そうだ茜さん、次いつ会います?僕、来週はムリなので再来週でいいですか?行きたい店があるんですよ」


そう言うや否や、私の返事など待たずにどこかに電話をして予約を取り出すこの男はいったい何なんだ。電話中だが仕方がないと「困ります」と伝えて見たものの、まぁまぁなんてよくわからない返答で流されてしまった。


「いい加減にしてください。会うなんて言っていませんが」
「もう予約もしてしまいましたし良いじゃないですか。確か米花町にお住まいだと伺いました。お迎えに上がりますね」


どんなに断りを入れても日本語が通じないのではと思うくらいかみ合わない会話で返され、その後も何を言おうとも彼の言い分を覆すことはできなかった。

運気でも下がり続けているのだろうか。
それとも、そろそろ何の音沙汰もない男の事なんて忘れろという暗示なのだろうか。

到底好きになれそうもない男に家を伝えるのは躊躇われたため、せめて待ち合わせは駅にしてもらうことだけは上手くいったが。
またすぐにやってくるとんでもない憂鬱のせいで重たくなった気分のおかげで「体調がすぐれなくて」という嘘が通じ、一人先に店を出た。親にはメールを入れておけばいいだろう。
何でこんな事になってしまったのだろうか。


「降谷くんのバカ・・・・」


ドラマみたいにカッコよく現れてくれるはずもない想い人を思い、鼻の奥がツンと痛くなった。
ねぇ、やっぱり私は降谷くんがいいよ。降谷くんじゃなきゃだめだよ。
そんな言葉を発したところで届けたい人に届く事も無く。誰にも聞かれる事の無かった想いが静かに夜の闇へと消えていった。


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