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ペテンの鱗を絵空事にしないで 12

どこかはっきりとしない視界の先でエプロン姿の山崎が手を振っている。
周りの景色はフォーカスがかかったようにぼやけていて、これが現実じゃない事を物語っていた。


「お帰りなさい!ご飯できてるよ」


お疲れさまと駆け寄ってきた彼女がとてもうれしそうに微笑むから、つられて頬が緩むのが分かる。


「・・ただいま山崎」
「もー!家では名前で呼んでって言ったのに〜」


少し頬を膨らまして拗ねる彼女は、それでも愛おしそうに目を細めて俺を見た。だが、もう一度俺にお帰りと言ったはずの彼女の声が急に聞こえなくなり、次第にぼやけていく視界。代わりに聞こえてきた規則的な機械音が穏やかな時間に終わりを告げた。



耳元で鳴るスマホのアラームを止め、固まっていた体を伸ばすために上体を逸らす。10分程度とはいえ、机に突っ伏して寝たせいで身体の至る所がポキポキと音を立てた。
あんな夢を職務中に見るなんて相当疲れが溜まっている様だ。


「お疲れ様です降谷さん。良ければどうぞ」
「あぁ、すまない。もらおう」


同じように目の下にがっつり隈を作っている風見から缶コーヒーを受け取り一気に飲み干す。徹夜続きともなればコーヒーのカフェイン程度では眠気を抑えることはできないが、無いよりはましだと自分に言い聞かせた。


「ところで風見。僕が言ったことは覚えているか?」
「え?はい」
「ならばなぜここに居る。僕の仮眠中にその資料は回しておけと言ったはずだが?」
「っ!!失礼しました。直ちに行ってまいります」


青い顔をしながらバタバタと準備をして出て行く風見を横目に再び書類の山へと向き直る。あいつはアレさえ終わらせれば帰れるはずだから少しは寝る時間も取れるだろう。
いま風見に倒れられては困る。夢に見るほど望んでいる新たにできた目的のためにも早くケリを付けなくてはいけないのだから。

本当は自分の気持ちを山崎に伝えるつもりは無かった。
安室として嘘を塗り固めている自分が、何も知らない山崎の側で笑っているなど許されない様な気がしていたから。
公安の中でも特殊な潜入捜査などしている俺が大切な人を作るなんて夢物語。そんな世界にあこがれるような青い気持ちはとうの昔になくなったと思っていたのに。

なのにあの時、山崎が襲われると思ったら気が気じゃなかった。怯える山崎をみて、この先俺ではなく他の男が彼女を守るのかと思ったら耐えられなかった。
あの時居たのが沖矢昴だったから余計に強くそう思ったのかもしれない。だけど、山崎を助けるのも、山崎が助けを求める手の先も俺でありたいと本気で思ってしまったのだ。
俺がそばに居たらもっと怖い思いをするかもしれない。本来なら望んではいけないとわかっているはずなのに、彼女に触れてしまったら、その想いはとめどなくあふれ出し、抑えが効かなくなってしまった。


「僕もまだまだだな」


恋する気持ちなんて抑えの利くものだと思っていた。踏み込まなければ自然と消滅していく気持ちなのだと。
それなのに会えばこのくらいならいいかと接触してしまい、気が付いた時には引き返すことのできない状態まできてしまっていた。自分で自分の感情が制御できないなんて、あいつらが聞いたら笑うだろうか。


(まだしばらくお前たちの処へは行けそうにないな)


瞳を閉じて数人の男たちを思い浮かべる。バカヤロー当たり前だ!なんて声が聞こえてきそうな気がした。


「さて、さっさと終わらせますか」


気合を入れ直して作業を再開する。いつか手に入れる未来の為にも、今は全力で進むしかないのだから。
こんなズルい俺を信じてくれた山崎の為にも。



◇ ◇ ◇ ◇



「このお茶を飲み終わったら、もう安室さんでいてもらっていい??」


告白後の様な何とも言えないくすぐったい雰囲気に耐えられなかった山崎が、誤魔化す様に冷めきったお茶へ手を伸ばした際にふいに告げた言葉。
元々降谷でいられるのは今だけだと決めていたが、まさか山崎の方からそう言われると思っていなくてつられて伸ばした手を止めてしまった。


「ずいぶん急かすんだな。我慢でもできなくなるか?」
「ちがっ、、わなくないんだけど。あーもう!すぐからかう!」


コロコロわかりやすく表情を変える山崎に自然と笑いがこみ上げる。こんな感覚は久しぶりだから、つい揶揄いすぎてしまう俺をにらむその顔ですら愛おしい。
大切な人なんて作るつもりなかったのにな。
それなのに、愛おしいと思う気持ちは募るばかりで自分でも呆れてしまうほどだ。


「悪かった。山崎の反応が可愛くてついな」
「っ、またそうやって・・。いつか降谷くんが戸惑うほど悩殺してやるんだから」
「ハハハ、それは楽しみだ」


俺の反応で更に頬を膨らます山崎に、思わず再び触れてしまいそうになった手を引っ込める。これでまた彼女に触れてしまったら彼女を揶揄うどころではなく、我慢できなくなるのは俺の方だろう。
既に冷めきっているこのお茶をゆっくり堪能するのはやめておこう。


「山崎、ありがとな」


急なお礼に、何のことを言っているのかわからなかっただろう山崎が不思議そうな声を上げた。だけどその質問には答えることなく、残りのお茶を飲み干す。
本来ならばあってはならない降谷として山崎と過ごす時間。この時間をゆっくり過ごすのは、全てを終わらせてからだ。


「さて、だいぶ落ち着いたようですし僕はそろそろ失礼させて頂きますね」


営業スマイルを貼り付け飲み干した湯飲みを流しへと運ぶ。そのまま洗ってしまおうかと思ったが、山崎にそのままでと言われたので今回も甘えることにした。
突然の終わりに、山崎は切なそうに少し息を吐いた後、まだかなり残っていたお茶を一気に飲み干した。勢いよく湯飲みをテーブルに置いた後、顔を上げた時には憂いの表情は消えて俺と同じような笑顔が貼り付いていた。


「本当にありがとうございました。安室さんが居てくれて助かりました」
「いえ、山崎さんが無事でなによりです」


こちらの都合で散々振り回しているにもかかわらず、二人きりでも安室に合わせてくれる山崎に感謝しながら玄関へと向かう。次にこの部屋に来るときは、全てにケリが付いてからだな。
後ろ髪を引かれる素振りなどみせることなく、玄関のドアに手を掛けた。


「安室さん」


あと一歩。捻られたドアノブは押される事なく、動かなかったドアが目の前で壁を作っている。
山崎の声にいつも通りの安室で振り返れば、そこには先程までの貼り付いた笑顔とは違う、すっきりとした誇らしげな笑みを浮かべた山崎がいた。


「私、安室さんと出会えてよかったです」
「山崎さんにそう言って頂けるなんて光栄ですね」


内心戸惑いながら山崎の意図を探ろうとその眼を見つめてみたが、変わらない澄んだ真っ直ぐな瞳の前では探る事なんて無意味なようだ。


「優しくてカッコよくて、それでいて強くて。好きな人が居なければ安室さんを好きになっちゃうところでした」


これは彼女が安室へ向けた本心。きっと深い意味なんてないのだろうが、降谷を知る彼女に安室が受け入れられた。ただそれだけの事でじんわりと胸が熱くなる。
安室は偽りの姿だが、降谷とは別でちゃんと存在している人なのだと。出会ったことにも意味があるのだと、そう言われた気がした。


「残念ですね。山崎さんに想われている方が羨ましいです」


何の変哲もない、ただの一般人だと思っていたのに。彼女の何気ない一言や存在にどれだけ救われていることだろう。
きっと彼女は自分の存在がどれだけ俺の中で大きいかを理解していないのだろうな。

今度こそ「それではまたポアロで」と言い残し、この夢のような空間を後にした。
もう、振り返る事はしない。
俺が彼女をどれだけ想っているかをわからせる時の為にも、今まで以上に我武者羅に突き進むと心に誓った。

少しでも早く、夢の様な願いを現実のものとする為に。


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