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ペテンの鱗を絵空事にしないで 11

頬に感じる熱も、この無言の時間も、何も理解できないままでどれくらいの時が流れただろう。自分の部屋がまるで別の世界の様な見慣れないものに思えて、目の前の光景を拒絶しているようだ。

自分でも意味の分からない涙を拭ってくれて、目の前で辛そうな笑顔を見せるこの人はいったい誰だろうか。
安室さん?降谷くん?
まるでもの凄く繊細なものを触れるかのように添えられた手は、いったい何を意味しているのだろうか。


「・・・離して、下さい」


以前の壁ドンの時にも思ったが、どうやら私は世間一般の胸キュン行動とやらには耐性がなさ過ぎて拒絶を起こす様だ。何も考えずに告げた拒絶で、目の前の瞳が揺らいだことになんて気づく余裕はなかった。
頬からの熱が離れホッとしたのもつかの間、私をさらに混乱させる状況がやってくる。


「僕に触れられるのはそんなに嫌でしたか?」


安室さんの言葉が耳に吹きかかるほど近い。頬に感じていたよりも更にアツい熱が、今度は体全体を包み込んでいた。
あぁ、本当にどうなっているのですか。
ポアロの安室さんとはただの客と店員でしかなくて、プライベートで会うような事も無い関係のはず。今日は成り行きで家に上がってもらったとはいえ、こんな抱きしめられるような展開なんて一体だれが想像できただろう。
嫌かと言われれば嫌ではない。なにせ、あの降谷くんの顔と手なのだから。でも、いま相手にしているのは降谷くんじゃなくて安室さん。そう考えてしまえば複雑な心境は居心地の良いものではないのはたしか。
嫌なのではなく、これは・・


「安室さん、に・・・こんなことをされても、困ります」


どうしても降谷くんと安室さんを重ねて見てしまうから。
降谷くんじゃないと分かっていても勘違いを起こす私の心臓はバカみたいに煩くて、何時まで経っても冷静になんてなれない。
だからこの心臓の音が安室さんに聞こえているかもとか、この言い方がまるで安室さんじゃなければいいと聞こえてしまうなんて事にまで頭は回っていなかった。


「それは・・降谷だったらいいと、そう聞こえるが」


声色に先程までの柔らかさがなくなり、その声に合わせるように込められた腕の力が痛いほど私を締めつける。今苦しいのは体なのか、それとも心なのか。
必死に我慢していたのに、そんな声を聞かせされたら抑えられるわけがない。抑え込んでいた腕を彼の背中へと回し、負けないくらいきつく抱きしめ返した。


「っ、山崎」
「・・・ずるい。降谷くんではもう会ってくれないんだと思ってたのに」


ずっと忘れなくちゃと思っていたのに。青春時代の恋の様に告白もしないまま終わらせるつもりだったのに。
こんな声で名前を呼ばれ、抱きしめられてしまったら、もう何事もなくなんて終われない。離したくない。そんな思いを込めて抱き着いたからか、思いのほか力が入ってしまったようだ。


「意外とばか力なんだな」
「っ、降谷くんほどじゃないですー!ほんと意地悪!」


互いの腕の力を緩めてできた隙間で暴れる様に降谷くんの胸を叩く。だけど降谷くんは笑うばかりでちっとも反省した様子はないのが悔しい。
それどころか両腕を掴まれ、その綺麗な顔をギリギリまで近づけてくるのだから自分を理解している美形って卑怯だと思う。


「っ、ズルい、それ反則。心臓もたないから離して」
「ハハハ、そうだな。俺はズルい男だよ。だからこれからもっとズルい事を言う」


恥ずかしさから目をそらしていたけど、和やかだった雰囲気を一気に壊すような真剣な声に視線を彼へと戻す。
そこには安室さんの時の様な貼り付けた笑顔はなく、真剣そのものな降谷くんの顔があった。


「今はまだ、安室を辞めるわけにはいかない。だから確かな言葉を言う事は出来ない」
「・・・・うん」


本当は心の隅で降谷くんと両想いだとはしゃいでいた。晴れて恋人というポジションに付けるのではと。だけど現実はそんなに甘くない。そんな簡単に恋人が作れるのなら、降谷くんは安室さんなんてやっていないだろうし、私を遠ざけたりしなかっただろう。
だからそう言われても納得できてしまう自分が少し悲しかった。
言葉を求める事も、質問することもしない私に降谷くんが「聞き分け良すぎ」と小さくつぶやいた気がした。


「いつになるか分からない者を待ってろとは言わない。待ってろって言ったら山崎は待っていそうだしな」


その言葉にも反論も否定もできなかった。
あぁ、そういえば今までの恋人達も転勤の度に「待ってる」とか「待ってて」じゃなく、「サヨナラ」だったな。その度に反論する事も「待ってる」という事も無くサヨナラをしてきたっけ。
あの時「待ってる」と言っていたら何か違ったのだろうか。今、彼にその言葉を言ったら何か変わるだろうか。
多分、私は降谷くんになら待っていろと言われたらずっと待っていると思う。降谷くんが好きだという気持ちは、学生の時や今までの恋人ほど生易しいものじゃないから。
だからこそ待ってろと言ってほしかった。降谷くんを想っていることを許してほしかった。でも、それすらもダメだと言われた様で苦しくて、じわじわと目頭が熱くなるのを必死に耐える。


「好きに生きててほしい。いつか全て片付いた時・・・その時にお前に恋人がいようと奪いに行くから」
「・・・え??」


俺のことは忘れて、とでも続くと思っていた予想は裏切られ、信じられない台詞が耳へと届く。
驚きで目頭の熱は引いたが、涙を溜めた瞳で見つめる降谷くんは至近距離なのにぼやけていてよく見えなかった。


「俺の方が山崎を幸せにできると判断したら、だけどな。まぁそうなるだろうけど」


彼は今、いったいどんな顔をしているのだろう。照れたりもせず、堂々と言ってのけているのだろうか。
私は今、どんな顔をしているのだろうか。
待っていろと言われるよりも過激で情熱的な宣言に心は浮かれ狂っているのだけど、それは顔に出てしまってないだろか。


「ふふ、なにその自信。・・・わかった。好きな人見つけておく」
「いい度胸だな。骨のあるやつにしてくれよ」


徐々にクリアになる視界の先で笑う降谷くんの顔は、私が好きになった自信あふれる強気な笑顔だった。


お互いに好きの言葉もない。
キスも、何もない。

降谷くんの言うその時がいつ訪れるのかもわからない。
降谷くんが何をやっているのかも知らない。
安室さんについても何も聞けない。

何も知らない、何も聞かない、誰にも言えないような関係。

そこに確かにあったのは互いを抱きしめた時の温もりと、冷めきった二つの湯飲みだけ。
それだけで、私が未来への期待を膨らませるには十分だった。


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