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ペテンの鱗を絵空事にしないで 06


洗い終わったカップを拭きながら、店内に目を配らせているように見せ時計を確認する。日も傾いているし、そろそろだな。
わざと開けてある一番奥のカウンター。そこの彼女が座るのはひどく久しぶりのように感じる。もちろんそれは自分が仕組んだ事であって、また今日、彼女が来るのも自分で仕向けたこと。
予定していた通りの時間に入り口のドアが来客を伝えながら開くと、すぐに梓さんの嬉しそんな声が響いた。


「山崎さん!!お久しぶりです!よかった〜」


もう来てくれないんじゃないかと心配していたと胸をなでおろす梓さんに、仕事が立て込んでてと苦笑いを浮かべる彼女をカウンターの奥から見つめる。
素直で顔に出やすい彼女に嘘をつかせるのは忍びないが、事が事なだけに致し方無い。
入り口で梓さんと軽く会話を交わし、空けてあった一番奥のカウンターへとやってきた彼女に、安室としての笑顔を向けた。


「お仕事お疲れ様です。山崎さんならまた来て下さると思っていました」
「アハハ、ありがとうございます」


その乾いた笑い、怪しすぎますよ。ここに小さな名探偵がいたらきっと怪しまれただろうな。
彼女にしてみたら僕が昨日あんなことを言ったから、って訴えたいのだろうけど。僕だって、まさかこんな展開になるなんて思ってもいなかったのだから勘弁願いたいところだ。

そう、まさかベルモットがあなたに興味を抱くなんて。



◇ ◇ ◇



いつもの様に打ち合わせでベルモットと待ち合わせた時。


「相変わらず時間ピッタリね」


さすがジャパニーズなんて、さほど関心がない事を言いながら車の助手席に乗り込む彼女から放たれる香りに違和感を感じた。
いつも彼女が好んで付けている香りとは全く違う、淡くほのかな香り。ただ香水を変えただけならココまで違和感を感じることはなかっただろう。
この香りに覚えさえなければ。彼女を思い浮かべたりしなければ、ベルモットをだます事が出来たかもしれない。


「ふふ、やっぱり気付いたのね。いい香りよね、コレ。さすがあなたの子猫ちゃん」


彼女らしい良いセンスしてるわと言いつつ、香りを楽しむ仕草を見せない所をみると、どうやら彼女の好みの匂いではないのだろう。まぁ、普段付けているのと違いすぎるしな。
俺に悟らせるのが目的で付けてきたのだろうから彼女の思惑通りに反応してしまった自分が情けない。
しかし、だ。ベルモットはいつ彼女の香水を知りえるチャンスがあったというのだろうか。彼女は律儀にもあの日以降、一度もポアロに顔を出していないし、俺が知る限りでは表を通り過ぎた事も無い。
以前にベルモットが電話で子猫ちゃん発言をした時に香りが分かる距離にいたのならさすがに気付いているし、なにより安室が降谷だとバレている。
だとしたらいったいいつだというのだろうか。


「あなたらしくない香りだなと思っただけですよ。子猫ちゃんって誰の事です?」
「あら、あれだけ素直過ぎる子だとあなたのお気に入りにならないのかしら」
「見当がつきませんね。僕にお気に入りなんて、出来る暇ありませんよ」


女優相手に演技をするのは毎回神経に応えるとは思うけど、そう簡単に晒してしまうほどではない。
俺の言動一つ一つを探る様に少しづつもたらされる情報から読み取るかぎり、どうやら想定していない事態となっているようだ。


「貴方の方こそ、香りを変えるほどその子猫ちゃんとやらを気に入るなんて珍しいですね」
「違うわよ。彼女が私のファンなんですって。それこそ、自分の香りを送りたいほどに」


厄介なほどに含みを持たせた笑みが視界の端に映る。「ほー、それはそれは熱烈ですね」なんて言える安室とは裏腹に、内心チッと舌打ちをかました。
ベルモットがいう素直過ぎる子猫ちゃんとやらは、十中八九山崎で間違いないだろう。以前の電話のこともあるしな。
一体いつの間に接触したのだろうか。山崎から休業中のクリス・ヴィンヤードに会いに行くなんてまず不可能だ。とすれば、ベルモットが自ら会いに行ったとしか考えられないのだが・・・。
ベルモットが何を勘違いしているのか知らないが、メンドクサイことになっているのだけは確かだ。以前にサラリとただの常連客だと伝えてしまっているだけに、アレから山崎がまったく店に顔を出さない事を不審に思っているのかもしれないな。

山崎は子猫ちゃんでもお気に入りとやらでもないが、俺の秘密を知る人物であることに間違いはない。
彼女を探ったところで降谷零にまでたどり着くことはないだろうが、危険な要因が1パーセントでもあるのならば排除しておかなくては。
俺は、こんなところで躓いている暇はないのだから。

山崎の話題を避けるでも深堀するでもなく淡々と語りながらも、徐々に組織の話題へと変えていったことをベルモットが気が付いたかは分からない。
任務の話と、それ以外の個人的なやり取りを幾つか交わし、予定通りベルモットを目的地へ送り届けたその足で山崎の家まで車を走らせた。もちろんご丁寧に付けられた発信機は早々に破壊して。

まだ深夜という時間帯でもないからか明かりの灯る山崎の部屋。一瞬このまま乗り込んでいこうかとも思ったが、安室が常連客である山崎にいきなり合いに行くのはおかしいだろうと直ぐに思いとどまる。
なにか自然に接触する方法はないか。そう思いあぐねていると、突然山崎の部屋の電気が消えた。まだ大人が就寝するには早すぎないかと舌打ちを打ったところで、玄関のドアが開き、何ともラフな格好の山崎が出てきた。
そういえば以前ポアロで、夜についコンビニにデザートを買いに行ってしまうと話していたか。
それならばと目的地だろうコンビニへ先回りして、さも偶然を装って店内にて待ち伏せをする。いつもは読まないゴルフ雑誌なんか手に取って立ち読みを装えば、ほどなくして山崎が入店したことをしらせる店員の「いらっしゃいませ〜」が響いた。


「おや?偶然ですね。お久しぶりです」


俺を見つけるなり驚いたり困ったりと忙しく表情を変える山崎に笑わないよう、しっかりと安室の仮面をかぶる。
会わないと公言したのに、とでも焦っていたのだろうが、僕から声を掛けた事により話をする気になってくれたようだ。


「最近お見掛けしなかったので案じていましたが、お元気そうでよかったです。お仕事、お忙しいんですか?」
「え?あ、はい。そうなんです」
「それはそれはお疲れ様です。休息は取ってますか?疲れた時には甘い物がいいですよ」
「そうですね。なので・・」
「そうそう、ちょうど明日、新作のスイーツを作ろうと思ってたんです。よかったら来てくださいね」
「・・え、いや・・でも」
「是非、山崎さんに食べて頂きたくて。ご都合が大丈夫なら、お昼過ぎくらいに来て頂けると助かります」


柔らかい笑みを浮かべながらも畳みかける様に言葉を紡ぐ。
本来ならこの流れで厚意による押しに弱い山崎が断る事はないだろう。あとは俺との約束を反故に出来ないという気持ちを取ってやればいいだけ。


「明日待ってますね」


ここで何か言われる前に、必要のないゴルフ雑誌を手にレジへと向かう。
どういうことかと困惑する山崎に、すれ違いざま、安室ではなく降谷としてそっと耳打ちをした。


「来いよ」


山崎にしか聞こえない声量。監視カメラからの角度は雑誌で口元が映らない様に死角を作ったから問題ないだろう。
感の悪くないあなたなら、絶対に来てくれると信じて。


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